裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

土曜日

歳はハタキでも誰より長く生きてるわ〜

 ご家庭でできるダジャレシリーズ(お掃除のとき、ハタキをかけながら歌ってみましょう)。朝7時起床。糸のような小雨。朝食は青豆ポタージュとイチジク。クスリいろいろ。札幌から帰ったあとはのむクスリがやたら多くなる。サメミロンのカプセ ルに五苓散、小青龍湯に百草胃腸薬、黄連解毒湯。

 今日は午後から夜まで昼夜通しで落語会なので、とにかく午前中に仕事は全部片付けなくてはならない。朝のうちにまず、〆切一日過ぎたSF大会のプログラムブック用の原稿と、暗黒星雲賞パンフの原稿を書いてメール。K子に弁当を作り(昨日の牛肉にちょっと手を加えたものと、卵焼き)、風呂を使って、それから講談社Web現代。二日続きだが、葬儀のゴタゴタで一週〆切をトバしているので、今日書いておか ないと穴が空いてしまうのである。

 12時に書き上げる予定が一時間ズレて1時、完成。荒削りなままだが、推敲は後のチェックのときに、と思いメール。と学会の事務引き継ぎの幹事もやっているのでこの会合日時調整もせねばならず、いろいろネットで連絡取る。家を出たのが1時半ころ。新宿までタクシー飛ばし、そこから中央線で中野。芸能小劇場『鬼畜大変態スペシャル』と『トンデモ落語会』の二連チャン。他の落語会なら昼夜はキツいのでどちらか、ということになるんだが、これだけは続けて聞かないと。開田あやさんと、そのお友達で空自のヒトに会う。それから鶴岡が、なんと自分の母親を連れてきていた。名目は妹の結婚式の司会を談之助師匠にお願いするので、その前に一度礼儀として高座を見ておかないと、とのことだったが、それで連れてくるのが『鬼畜大変態』かよ。

 で、昼の部であるが、内容はあまりに危険なため、ネタについてはここでは一切書けない。レギュラー出演者一同の高座姿の雑感のみ、記す。
・志加吾〜座っていきなりドチャッという感じでするお辞儀に個性が出てきた。と、いうか、最初は慣れてないからこうするんだと思っていた。クセだったのね。
・談生〜この人もお辞儀がまるで形になっていないのがいい。高座を降りるときに転がって降りるのはスゴい。プロレスラーがリング下に逃げる形だ。そのくせ、手ぬぐいで汗をぬぐって、それを噺を続けながら、膝のところへポン、と放るように落として置く一連の動作の流れが師匠の談志ソックリで、非常に色っぽい。きっちり古典を演じたときにこれをやれば、粋筋が惚れるであろう仕種である。それでやるのがああいう噺なんだから……。
・新潟〜この人に型を言っても仕方ないよな。そのくせ、一番安心して聞いてられるのはなぜ?
・談之助〜この人の高座で一番感心するのは笑い待ちの上手さ。客の笑いがおさまるまで、あのもっともらしい表情で客席をにらみつけていて、8分通り静まったところでひょい、と次のギャグを出す。このタイミングが実にいい。
・快楽亭ブラック〜昔はああいう顔だち、体型だけに、逆にきっちり古典の型を演じよう、という姿勢が顕著だったが、最近はすでにブラック世界を確立してしまったせいか、非常に肩の力を抜いて演じるようになった。『タイムヌードル』なんてバカバカしいだけでヒネリも何にもない噺を飄々と演じる風情がいかにもベテランの芸人である。

 それから本日のスペシャルゲスト『姉さまキングス』の二人。         ・林家染雀〜昼の部は客の様子見らしく、“期待してはる方もいらっしゃると思いますが、私、フツーなんです”と言っていたが、一番フツーでなかった。いや、高座ではなくって、その、まあいろいろと。上方艶笑落語『綿屋火事』。語り口も内容もレトロというよりアナクロで結構。こういういかにも古めかしい噺を妙に現代にあわせたりせず再現していく上方落語の方が、最終的には東京落語が滅びた後にも残るのではないかと思う。
・桂あやめ〜マクラがかなり長く、雑談で降りるかと思ったら、ちゃんとその後みっちりネタまでやったのに驚いた。大阪芸人はやっぱり、一旦上がったらなかなか引き下がりませんな。『SM大喜利』のときつくづく感じる関西弁の強み。

 こんな風にいちいち高座の感想を書き付けるのは、何かマニアっぽくてイヤであるが、それをしないと日記に書くことがなくなってしまう。前の方に、聞きながら克明にメモを取り、落語家名鑑などと出演者をつけあわせている連中がいた。決してそういうことが悪いとは言えないが、楽しいかねえ。

 ときどき、私の席の斜め右後ろでいかにも面白くて仕方がない、という声が聞こえる。ふりむいてみたら、鶴岡のお母さんだった。初めてきた鬼畜大変態で大笑いするとは、まさに鶴岡の母である。入れ替え制なので一旦外へ出て、開田夫妻、空自のヒトと一緒に時間つぶし、6時、ロビーで夜の部に入場。K子、睦月さん、啓乕くん、川上史津子さん、と学会の藤倉珊さん、エンターブレインNくんなど来て、にぎやかになる。

 夜の部は談生が言っていたが、“もう、ブラックさんのアレでいいでしょ”という感じ。まさしくマゾの性癖を持ってないと出来ないネタ。染雀さんが『宗論』。これも親父の方の阿弥陀如来の賛が説経節調のレトロで大変結構。もう一度本格的に大阪の古典を聞き返してみないといかん、と思った。この噺、確か玉ノ輔(朝いち)が演じたのを聞いて、楽屋にクリスチャンの女性が怒ってどなりこんできた、というエピソードがあったな。それにしても、今日はゲストどころか、このヒトが完全に主役という感じだった。なにしろ……いやいや。

 それにしても、私も例の武蔵野ホールの超放送禁止落語会(の第二回)から、リアルタイムで聞き続けているのか、長いものだなあ、と、今日の会の某演者のネタを聞いてつくづく、追憶にふけった。どうしようもない追憶だが。それまでは談志や志ん生を追っかけていた、正統派落語マニアだったのに、思えば大きく踏み外したものである。今回はK子の意見を聞いてかどうか、二次会から『トラジ』。狭くて入れず、談生と志加吾一行は『俺ん家』に、と別れる。ブラ房をあやめ女王様がロウソク責めにする一景あり。染雀さん、新潟さんなどといろいろワケわからん話で盛り上がる。クスリのせいか、仕事から連続して昼夜の濃すぎる会でもさして疲れず、12時になってK子にうながされ、お開き。親父の葬式以来、やはりどうも人間が“いい人バージョン”に傾いていたのが、これでやっと元の裏者に補正できた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa