裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

土曜日

ビジュアル婆さん

 タイトルに意味はない。GW突入なれどいつもと変わらず7時起き。ゆうべ、バーボンちょっとやり過ぎで目がショボつく。朝食はトーストサンドとサクランボ。さすがに街が静か。連休にもかかわらずメールで原稿依頼、こないだの『男の部屋』。好評につき2号も出るんだとか。『男の隠れ家』という雑誌もあり、男はいよいよ自分の部屋に追い込められたという感じか。

 開田裕治さんから一昨日の日記の記述“(永井豪は昔)抜群の画力を誇っていた”に異論アリとのこと(笑)。確かに昔から絵はヘタの部類に属していたです、ハイ。ただ、ここで私の言う“画力”とは、B級学における画力、というか漫画力、つまり読者に対する呪縛力のようなものを言うので、テクニックではないのです。

 最盛期の永井豪の絵から受けるイメージと言えば、そのドロドロしているほどのルサンチマンだったと思う。筆にこれほどの情念を含んでいた人を私は他に知らない。業界の噂でも、永井豪の持つ情念の根源というのが(ここでは書けないけど)秘かに広まっていたし、石森章太郎のところでツブされかけた、という話も伝説になっている。そして、ハレンチ学園の頃の永井先生はまさに良識あるオトナたちにとって、パブリック・エネミーであった。テレビのワイドショーで教育関係者によってたかってダンガイされる姿を見たことがあるが、その良識ある市民たちの顔の醜悪だったことはいまだに忘れられない。子供心にもこれがリンチというものか、というイメージが焼き付いたほどだった。

 最盛期の永井豪のスゴさは、その己れの因果を全て作品に反映させ、昇華させていたことだ。それが永井作品における世界破壊という特色につながる。デビルマンがその際たるものだが、ギャグ作品であるハレンチ学園も、第一部の最後は登場人物ほとんどが無残な死を遂げる話であったし、『キッカイくん』にいたっては後半、マンガという枠すら破壊して、徹底的なアナーキズムを現出させていた。よく己れのルサンチマンの深さを自慢する奴がいるが、ルサンチマンの深い浅いは別に価値ではなく、それをどう作品に表していくか、が価値なのだ。現代マンガの歴史は永井豪以前以後に確実に分割される。それ以前のマンガ家たちは、手塚御大はじめ水木しげるも横山光輝もトキワ荘グループも、みなマンガの表現をひとつひとつ、創りあげていく作業を行っていた、いわば建築者だった。永井豪の出現で初めて、破壊することが表現足り得るという概念が誕生したのである。

 やがてアニメでうるおい、大家となった永井作品の線には、己れの業に打ち勝った安堵感からの気の緩みか、微妙なゆがみが現れるようになった。かつてはそのゆがみすら情念の表現の中に取り込んでしまっていた描線から、次第にゆがみだけが浮かびあがってきていたのである。マンガ読みたちは秘かに永井豪は下手になった、堕落した、オシマイだとつぶやき続けてきた。そして二十年・・・・・・完全に情念から解放された永井作品は新たな価値観を獲得し、パルコだの仁丹ビルだのの壁に、デカデカと描かれるようになったのである。慶賀というべきであろう。

 1時、新宿へ買い物に出る。どこでメシを食おうかと思いつつ歩くうちアルタ裏に出たので、アカシアでまたロールキャベツとオイル焼き。それから中央線で吉祥寺まで行き、鶴岡のサイン会を冷やかしに行く。時間早かったので吉祥寺の古書店一、二軒回る。マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』、こないだから書庫の奥で行方不明であったので買う。ちょうどほんやら堂掲示板でまた印刷革命の件が取り沙汰されていて、印刷技術が教会の権力を衰退させたという岡田斗司夫の論が無茶苦茶な暴論だ、などと樋口氏は言っているが、あんな論、この本でマクルーハンが唱えている説に比べれば地味もいいところでお話にならない。教会権力どころか、マクルーハンは印刷の出現によって西欧人が神による調和という概念から追放された、と断言しているのだ。樋口氏にはひとつぜひ、こいつもトンデモとして徹底的に論破してみせていただきたいものである。

 岡田斗司夫やマクルーハンが述べているのは、技術革新というものが人間の意識と文化に及ぼす影響、という視点であり、そこに従来の歴史学的文脈から反駁を加えてもほとんど意味はない。前にも言ったが、こういう反応をすること自体が時代の本質をつかむ天賦の才を欠いているものの哀れさであろう(この両人の言うことこそが時代の本質である、などというつもりもないが)。この本の訳者あとがきにある、タイタニック号が氷山にぶつかったという報告を受けた船長の最初の言葉が、“氷山の話など聞きたくない”というものだったという逸話は、まさに樋口氏の反応そのものなのである。

 3時15分ほど前に吉祥寺パルコ地下のブックセンターに行く。サイン会場に誰も並んでいない。回りを見渡すと、それらしい風体、目つき、オーラ(まったく、似たようなタイプの連中をファンにする男である)の人たちはいるのだが、書店員が並べ々々と言っているところには集まらず、コソコソと立ち読みなどするフリをして、始まるのを待っている。いかにも鶴岡のファンらしくて苦笑。と学会の桐生さんがいたので少し話す。ちょっとしてから金成さん(ドールショーのため上京)、GHOST氏なども来る。桐生さん、やはりGHOST氏を岡田斗司夫とマチガエていた。ホントに影武者がつとまるぞ。サイン会は順調に始まったようなので、金成さんに今夜の確認などをして帰る。やはりその場に自分よりエラい奴がいると鶴岡もやりにくいだろうしな。

 原稿ちょこちょこ書き、パソ通に書き込みなどして、7時半、新宿紀伊国屋前。金成由美さん歓迎オフ。結局、鶴岡の方は方で盛り上がっているようなので気楽院氏と鈴之助氏、それと官能倶楽部メンバーで総勢11名。歌舞伎町インドネシアラヤでビンタンビールで乾杯。ネットのこと、りさたんのこと、その他話題続出。ただ、陽気のせいかビタミン不足か、頭はハイなのにもかかわらず眠くて眠くて困った。Xさん二次会(喫茶店)から加わり、三枝さんばなしなどまた。11時過ぎ、散会。

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