裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

水曜日

HALがキた

 映画『2001年宇宙の旅』より。ゆうべ寝る前、ベッドを完全に平らにされてしまったので、何か勝手が違い、何回も目が覚める。自宅でも枕の上に座布団を折り曲げて高くして寝ている男なのだ、私は。出版不況の夢など見てウナサレる(笑)。6時起床。入院して初めての雨。高層ビル群が霧にけぶっている。小渕内閣総辞職。首相は昏睡状態のまま意識回復の見込みナシと新聞は報じている。なあに、完全な植物人間状態から回復した人もいるし、小渕さんはスポーツで体を鍛えているから、すぐに復帰できるよ(オブチミズム)。

 看護婦さんの新入りが入ってきたらしく、先輩がいろいろ教えている。考えてみれば四月、新入社員が街にあふれるシーズンだ。テレビなど、この時期は不慣れな新入りによるミスが相次ぐんだよな。その他、勤務階異動などあったらしく、珍しく巨乳の子が来た。メール数通。パソ通のぞく。K子は官能倶楽部の面々と、昨日は豆腐、今日は鳥鍋。なんか豪勢。

 8時半、朝食。塩ジャケ、大根と油揚げの煮物、ホウレンソウのおしたし、大根の味噌汁、ヨーグルト。その後、また例の痛い点滴。プロスタグランジン系の薬で、血行薬だそうだが、婦長のGさんに“このクスリはねえ、続けていると血管がミミズのようにふくれてきて、そのうちボロボロになるのよ”とオドかされる。10時、回診(教授回診は学会のため今日はナシ)。痛い点滴の効果か、昨日抜糸して血をシボッたせいか、格段に回復している。この分だと皮膚移植もせず、金曜に退院できそう。そうなると、忙しくなってきた。

 点滴がやたら時間かかり、落ち切るまでに2時間以上かかる。血管痛がそのあいだズキズキとくる。拷問みたいなものである。やっている最中に昼メシ。食パン2切、鳥の空揚げ、ポタージュスープ、キャベツサラダ、バナナ。サラダは残す。パンにゴマクリームソースなるものがついてきた。終わるのを待って地下の売店に行き、銀行の端末で金をおろす。3月ぶんの医療費支払い。あと電話で、ダ・ヴィンチのインタビュー日程変更(入院延びたため)のお願い。それから創出版に、単行本のことで談判。ベッドに帰ってきたら、汗びっしょりかいていた。点滴で水分をたっぷり体に入れたからなあ。ムクミをとるため、家から持ってきた小青龍湯をのむ。

 それから原稿書き、ゲラチェック。3時、二見書房Yさん来てくれて、いろいろと文学ばなし。ブンガクなどという軟弱な(笑)ものを書くこと自体に迷いがあったのだが、Yさんが背中をトンと押してくれた感じ。しばらく雑談。×××××の悪口。うん、ホントにみんな、アイツの××を実は××だと思っていたのだねえ。その最中に、世界文化社のKさん見舞い。『ナンプレ』のゲラチェック用原稿を持ってきて、その場でチェックする。いや、いろいろ忙しい。彼の帰った直後、学陽書房Hくん。ゲラチェック完成分渡し、プロフィールと帯文の打ち合わせ。入院患者のスケジュールじゃないね。幻冬舎からは『脳天気教養図鑑』増刷通知。よしよし。

 メールしようと思って食事室にいたら、安達Oさんが偶然、入ってきた。病院の中で迷って徘徊していたらしい。新宿駅でBさんともハグレたらしい。オノボリの山出し娘じゃないんだから。しばらく待合室で廣済堂の小説撤退の話などしていたら、無事Bさんくる。6時にK子も来て、彷書月刊が今日〆切だったことを伝えてくる。まあ、入院だから仕方ない。あさってまで待ってもらおう。用事すますと三人、“じゃあ、おいしい鳥を食べに行こう!”と出発(泣)。こっちはわびしい病院食。今日の昼、薬剤部の女性がアンケートに来て、“食欲はありますかあ?”と訊くので、“まずい割には”と答えたら笑っていた。今夜はなんだか正体不明の白身魚の塩焼きにホウレンソウの芥子和え、とろろ昆布の汁。家から持ってきてもらったすぐき漬けと、安達Bさんのお見舞い品の錦松梅でおいしく食べられた。豆ゴハンだったし。あと、これも家からのイチゴ数粒。

 糖尿オヤジは次第に回復してきて、首にギブスつけて起き上がるまでになった。行き着けのスナックのおばさん(ママという感じじゃない)たちが見舞いにきていた。
「早くよくなって、また来てね」
 行ったらヤバいんだって。しかし、あのオヤジは必ずまた行くね。腰痛の爺さんは相変わらず注文が多く、ラジオのイヤホンが聞こえないのリハビリには歩行器じゃなくて車椅子で行くの、今日教授回診がなかったのはなぜだのとうるさい。見舞いの娘にはベタベタに甘えて、ご飯を食べさせてもらっている。ヒザのおじさんは最も寡黙だが、日がな一日テレビを見てばかりいる。飽きないか、というくらい。

 喫煙室でメール。タムロしている連中の雑談の内容聞くがタアイないことばかり。まあ、雑談なんてものはタアイないもので、アブナい話ばかりしている私の回りの連中の方が異常なんだろう。隣の病室に、コメディアンのなすびに似た、歯の抜けたマヌケな馬面の男がいるが、これに面会に来て、ぴったりベッドで体よせあってテレビ見ている彼女というのが、色っぽいなかなかの美女。一方、六人部屋(差額のないところ)に、やたら足が長くて車椅子を持て余している風のワイルドな二枚目がいて、これにも彼女がよく見舞いに来ているが、その顔というのがお好み焼きみたいな感じのヘチャ。ヨノナカというものは必ずしも運がバランスとれていないのですね。それがオモシロイ。

 8時半、例の点滴。慣れたか、昼ほどの激しい痛みではないが、その代わり、落ちないのに往生した。ベッドに縛りつけられたまま3時間以上。消灯時間終わってもなお、ずっと痛みと退屈をこらえる。これで効かなかったらウッタエるぞ。11時半になってやっと解放。寝るタイミングを逸してしまったので、隣の爺さんの例によっての小水騒ぎ(今日はこぼすまでにはいたらなかった)などが気になって寝られず。水分が体に入っているからこっちも小水欲求やたらあり、1時ころ暗い中便所に行こうと起き上がったら、車椅子の足の部分に、ちょうど手術跡のところをイヤというほどぶつけて、しばしベッド上で悶絶。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa