裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

木曜日

リゾラバまわれ

 タイトルに意味はない(ひさしぶり?)。朝6時起床。一晩中ウトウト状態。ただし、夢は見たから眠ったんだろう。円生・文楽・正蔵がお互いのモノマネで落語をやるという夢。小水たまっていて、起きてすぐ車椅子でトイレに行く。今日は検温もなく、朝食までヒマをもてあます。8時半朝食。チクワ、コブのツクダニ、オヒタシ、ジャガイモ味噌汁にブリック牛乳。腰痛の爺さん、朝はやたら元気で、朝食の席(車椅子)に座ってもリハビリのつもりか一人で立ったり座ったりしていたが、いきなり“あ〜”と声をあげて突っ伏す。無理するから痛くなったらしい。向かいのベッドの糖尿のお父さんがあわてて看護婦を呼び、ベッドに戻されていた。お父さんは転んだとき欠けた歯が痛み出して、食もすすまぬ状態らしい。なかなかケガというのは複雑で難しい。

 9時、痛い点滴。看護婦さんが処置して行ってしまった後、こっそり落ちる速度を早める(良い子はやっちゃダメ)。こんなものにまた3時間も縛りつけられてはたまらない。1時間ほどで落ち切るように調節。いささか痛みが強いがガマン。腕をワープロの乗っている机の上に上げると速度が遅くなるので、見回りのときはそれでゴマカす。最中に回診。だいぶよくなっているが、“出来れば月曜まで入院してた方がいいなあ”“はあ、ワタシも出来ればそうしたいんですが、仕事とのカネアイが(これは本当)”“・・・・・・でしょうねえ(もともとこんなに腫らしたのもこっちの責任だしなあ)。じゃあ、日曜も消毒に来てもらうということにして、明日退院の手続きをとります”ということになった。

 点滴、一時間でなくなる。ナースコールで呼んだらGさんが“あら、こんなに早く落ちたんですか!”と驚いていた。ソシラヌ顔で“ああ、そう言えば早いですねえ”とウソブく。“血管は大丈夫? ・・・・・・大丈夫のようですねえ。本当は3時間くらいで落ちるのが一番いいんですが”とのこと。今回の骨折では、去年の事故と入院も含め、この点滴が一番ツラかったかもしれない。終了後、トイレの前に置いてある体重計で体重を量ってみたら、ダイエットどころか1キロの増量! もっとも、これはゆうべからの点滴責めによる水ブクレによるものだろう。

 当初、五日くらいと甘く見込んでいた入院が、28日から数えて十日と倍以上の日数になってしまったが、相変わらず仕事に追われていたとはいえ、病院生活はやはり家にいるより余裕がある。特に今年は一月から、何か仕事にいまいちミが入らない状態だったが、この十日間でかなり気力が充実してきた。後半の執筆予定も当然だが、それと共に、長年あたためてきた計画もぜひ、年内にカタチにしたいものである。

 売店の出張販売で週刊新潮、週刊文春を買って読む。ふだんは立ち読みですませていたが、新潮はゴシップ記事に面白いものが多い。出演料一本900万のイタリアのポルノ男優のエピソードが傑作で、彼はポルノ男優になるために生まれてきたような男。どんなとき、どんな場所でも、何度でもボッキできる異才に恵まれており、本人の語るところでは“地下鉄の中でも、オペラを観ながらでも、壁に向かってでもOKで、しかも1日12時間でもセックスし続けられる。息子(現在3歳)にもぼくの職業をついでもらいたいが、才能を持ち合わせていればという条件つき。生半可な意識と能力ではやっていけない世界なんだよ”とのこと。プロ意識とはこういうことを言うのでがなあらむ。一方の文春だが、ちっちゃなカコミ記事だが、読者投稿で、大阪のさる“カツラバレバレの高名料理評論家”の、傲慢無礼な態度のことが書かれていて笑った。“テレビや店内で見るのと全然印象が違う”のだそうな。・・・・・・結論として、こういうオヤジ雑誌は、マンネリと言われようと何だろうと、まだ、ゴシップという、雑誌の基本に忠実な強さを持っている。若者雑誌が短命と言われるのは、企画ばかりを強化して、このゴシップを軽んじているためではあるまいか。ゴシップのないところに人のつながりはない。12時、昼食。卵カレー。要するにカレーにゆで卵が半分乗っているもの。食べながら仕事続ける。

 糖尿のお父さん、昼ごろに引っ越しをしていった。まあ、ほとんど体を動かせないんだから、差額ベッドにいる意味もないよな。昨日見舞いに来た娘に、“お父さん、何にもしないで遊んでばかりいたからバチが当たったのよ”と言われ、弱々しく“あんまり弱いものいじめするなよ”とボヤく。やれやれ、もっといじめろ(笑)。しかしこのお父さん、本当に、定年退職後は店に勤める妻に家計をまかせて遊んでばかりいたらしい。まあ、こういうときいじめられて当然か。私はモノカキ業界に入ってかなりいじめも受けてきたが、演芸業界のひどさを最初に見ていたから、こっちのいじめなど、いじめのうちにも入らない可愛いもので、楽で仕方なかった。しばらくするうちに先輩をいじめはじめたものである。いじめ問題については、学校や家庭という“逃げられない場所”でのいじめと、フリー職業という、それに耐えられなければやめればいい世界のいじめを同一線上で語っちゃいけない。とにかく、フリーの世界においては若い奴などというのはいじめぬかれないとモノにならないのではないか。進歩というのは対立によってしか生まれない。若いものがいじめられ、いじめかえすようにして先輩を追い越していく。今の年寄りが若者にアマいのは自分を追い越されたくないための懐柔でしかない。よく今の若者がダメになったという話を聞くが、若者がダメなのではない。後輩を“正しく”いじめられなくなった上の世代がダメになったのだ。その証拠に芸能も出版もアカデミズムも、若い連中を徹底していじめていた意地悪爺い世代がいなくなったとたん、ダメになりはじめたではないか。

 さっきの週刊文春の、大沢在昌の小説『心では重すぎる』は宗教がらみの探偵もので、ロリコンのマンガ家を教祖にして宗教法人を立ち上げる、というような話が展開している。マンガ家の名前が“まのままる”というのが、ロリコンマンガ家独特の記号的ペンネームを勉強したな、という感じ。ただし、作中でまのままるを“まの”と呼んでいるのは何か笑える。例えば“このどんと”のことを“この”と呼称しているようなもの?

 バリバリと原稿、書く。書いてるうちに3時面会時刻となり、朝日新聞K氏が来てくれた。面会室に行こうとしたところで学陽書房Hくん。チェック済みゲラ渡し、K氏またせていろいろと打ち合わせ。『創』編集部との話し合い、難航(と、いうかカミ合わず)の由。もうここは著者の出る幕でない。学陽で出す意志は創出版にも伝えてあるのだから、その上でのトラブルは会社同士で解決してもらわざるを得ない。しかし、あそこもマスコミ就職に関する出版をいくつもやっているところなのに、出版マスコミの常識をココロエないところだなあ。

 K氏としばらく話す。この日記の毎日のタイトルになっている駄ジャレのことから朝日のアエラの車内吊り広告の駄ジャレコピーのことになる。あれ、一手に引き受けて作っていた人物が今度異動になり、後任が座ったそうで、あのコピーにも質の変化が見られるかもしれない、ということ。それから倉坂鬼一郎氏のこと、手塚本のことなど話しているうち、裏モノネットのX氏見舞い(ネット業界でアンヤクしている人物なのであえてXとしておく)。三枝さんの話題、伊藤くんの話題などでいろいろとディープな裏情報を聞く。K氏が社に戻った後も、6時近くまでネットばなし。X氏の知る限りでもこの日記、あちこちでかなりの人気を博しているそうな。以前、塚原尚人のワルクチを書いたが、あれで塚原は“有名日記に自分の名前が出た”とヨロコんだそうだ。江下も“『ほん・まるしぇ』の宣伝になった”とヨロコんだそうだが、仮にも営利サイトが、個人の私的日記に名前が出て宣伝になるとヨロコぶようじゃまずかんべえ(笑)。情けない連中である。このような拙い日記が人気なのはありがたいが、ここはどれだけの人数に読まれていようと、あくまで唐沢個人のプライベートな日記サイトであり、そのつもりで書き続けていく所存。カウンターつけないのも、日記猿人などに登録しないのもそのため。ここを読んでいるアナタは、私の日記を盗み読みしているのだ。盗み読み、盗み食いこそ最高の快楽なのである。

 6時過ぎ、K子来て、明日の退院の用意をいくつか。今日は彼女、一人寂しく夕食をとるらしい。7時、こっちも夕食。病院最後の食事はキンキ粕漬け焼き、ホウレンソウオシタシ、じゃが煮。じゃが煮には手をつけず、ご飯三分の二ほど。8時半、最後の点滴。K子が持ってきた『とても変なまんが』見本刷り読みながら、痛いのをガマンして1時間半。『とて変』、フロッピー原稿が真っ白になってしまったというアクシデントのために、字句の不統一や誤字脱字などがいくつか散見されるのは残念だが、内容はかなりユニークなものと自負する。SFマガジンの長期連載を一本にまとめたものなので、前後で論理の矛盾や、いくつか意味不明瞭なところもあるが、これは敢えてそのまま手付かずにしておいたものであるのでツッコまないように(笑)。

 10時、点滴終わり、一週間つけっぱなしだった左手の点滴用置き針を抜く。このうざったさからの解放はなんともありがたい。身の回りの紙袋類、K子がいくつか持ち帰っただけで、なにかベッド回りがガランとしたような印象を受ける。すぐ寝付いて朝まで。糖尿のお父さんのイビキがなくなっただけでも静か。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa