裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

土曜日

幅ないすねえ

 オーオオウオウフジカラー。朝7時起床。朝食、チキンと野菜をピタパンにはさんで。あと安売りの小玉スイカ。午前中、まず『創』のイラスト指定、それから実録猟奇マンガ原作二本。二本連続で書くとさすがにハイになる。これで午前中消費。

 朝からかなりの雨が降っており、体にメスが入っている身としては調子悪い。何より眠いが、明日がと学会例会で仕事出来ないため、昼寝も出来ない。風呂入って、彷書月刊の長谷邦夫評原稿にかかる。長谷作品について語ることはいろいろあり、枚数はたった8枚。ゆうべ編集部に電話して“15枚とかダメですか?”と訊いて却下されたくらいだった(笑)ので、余裕で書き上げて、後は古書市にでも、と思っていたのだが何と、この原稿に夕方5時半までかかりきりになってしまった。資料探しに時間がかかった(で、結局見つからなかった)こともあるが、そればかりではない。要するに、8枚という分量で語るべき内容量の見当をつけそこね、11枚のものに仕上がってしまい、しかもその枚数で語るべき内容をきちんと語りつくしたものだったため、どこを切ってもつながりが悪くなり、縮めるのに大苦労したのである。逆に言えば、もう少し切口がハッキリした、特殊化した作家の評論だったら、8枚、10枚、25枚、簡単に原稿量設定が出来、苦労せず書き上げられたろう。長谷邦夫という、いささか個性を見極めにくい、論ずるポイントのさまざまにある作家だからこそ、その構成の設定(×枚ならこのポイントで、こういう展開で、という)をあやまってしまったのである。これ自体はいい経験だったが、ひどくクタビレた。

 昼は途中でピタパン。朝とおンなじものを食べる。4時ころ柴崎くん、海拓舎との打ち合わせ帰りだと言って、編集のFくんからもらった都市論の本を手渡される。これがなんと、Fくんの母上の著書(共著だが)。都市を生物生態形とみて、生物の諸機能と都市機能を比較するという、いささかトになりかねないテーマだが、何にせよ興味深い。Fくんも、自分の母親と担当作家がどちらも都市論に手を染めるとは、変な体験をする編集者である。

 6時、外出。雨、小雨にはなったがまだソボソボ。東急プラザ5階紀伊国屋書店で買い物。鶴岡の『マンガロン』平積み。ちらと立ち読みするが、漫画論というタイトルにいつわりありで、これはマンガを通したジブンロン。はっきり言えば評論のレベルとはお世辞にも言えないんだが、しかし、マンガや音楽といった、評者の原体験が極めて大きいファクターとなるものを論ずる場合、この“私は何を体験して育ち、その結果どのような考えを持つに至ったか”というプライベートなことを明記しておく作業が絶対に必要なのだ。小林信彦こと中原弓彦は、『世界の喜劇人』『日本の喜劇人』の二冊で、まず自分の喜劇体験を徹底して語っているし、私の文章の師匠たる森卓也も、『アニメーションのギャグ世界』で、自分のメンタリティーはどんなギャグで作られてきたか、を家庭環境から解き起こし、一章を費やして記している。昔は、なんでこんな私的な事情を長々と書くのか、と不思議だったものだが、ギャグのような、何で笑い何で笑わないか、という個人差が大きいものを論ずる際には、著者の評価の基準線をまずシッカリと示しておかないと、読者が最後まで、著者の論にチューニングできないままになる危険性があるのだ、と後に気がついた。そのあたりをぼやかしている石上三登志こと今上昭の『ギャグ&(また)ギャグ』は、この博覧強記の著者にして、さっぱりサビが効いてない凡著になってしまっているのである。評論というものはすべからく、己れのはらわたまでさらけだす覚悟で臨むべきもの。そういう意味で、この本はこれからの鶴岡法斎が語るマンガ論の、言わば出発点、彼のマンガ論を読む人全ての必読書。

 7時、K子と北海道トンコツラーメンというヘンなものを食べ、自由が丘。自由が丘武蔵野館で『夜叉ヶ池』レイトショー。いくと、と学会のメンバーや開田さんの知り合いなど、顔見知りがいっぱい(笑)。思えばこの映画、学生時代にそのキッチュな耽美感覚故に、映画というものの概念を塗り替えさせられた作品である。ビデオにもなっていないため、最後にテレビで見てから十年ぶりくらいの再見だったが、鏡花独特ののセリフ回しを実に楽しげに演じているクセ者俳優たち(金田龍之介、三木のり平、矢崎滋、常田富士男、南原宏治、丹阿弥谷津子などなど)がとにかくいい。私はこの原作を読み返し読み返し、セリフを暗記しようとしたものである(今でも三木のり平の鯰入のセリフなどはソラで言える)。その分、セリフを現代語に変更させられている主役の加藤剛と山崎努はワリをくっている感じ。原作では、三十そこそこの山澤(山崎)が“茶も茶ぢゃが、いや、これはもぢゃもぢゃと髭のようでおかしい”などという風に鏡花チックにしゃべっているのだ。百合役の玉三郎は・・・・・・まあ、やめておこう(笑)。白雪姫の方は絶品にして圧倒的な美しさ。

 10時過ぎ、渋谷の焼鳥屋で開田さん、安達Bさんといういつもオミキトックリのコンビの片割れづつと軽く一パイ。同じく夜叉ヶ池にハマった経験を持つ開田さんと話がはずむはずむ。そう言えば、映画館で開田さんの知り合いの人が教えてくれたがこの作品、玉三郎はCGでニューバージョンを作りたいのだそうだ。それでイマジカの人に“・・・・・・あの、ノドボトケは消すことできますか?”と訊いたとか(笑)。出来ぬことはないが、金がかかりすぎるだろう。ところで開田さんはこのたびめでたく念願のマンションを購入。これで肩書が“マンションも買えないイラストレーター”から“無理してマンションを買ってヒーヒー言ってるイラストレーター”になったという。今月の18〜27まで、ロイヤルサロンギンザで村田らむくんなどと一緒に展示会を開催するそうなので、行ってやってください(3573−4067)。

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