裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

金曜日

止めてクリシュナおっ母さん

 せなのナーダも泣いている。朝6時起き。2時ころ一回トイレに行く。顔が水でむくんで、鏡で見ると鼻のわきにクッキリ筋がついている。身辺を整理。今日は朝メシが当たるかと心配になって看護婦に訊いたら、10時までは入院患者として扱われるそうだ。貴重品入れの鍵を返し、IDカードを返される。

 8時半、最後の朝食。アツアゲの煮物、ハクサイ漬物、カツオふりかけ、オレンジと牛乳。隣の爺さんは腰が痛むといって、寝たまま食べられるようにご飯をオニギリにしてもらっている。ときどき“痛いなあ〜”と独り言をいう。・・・・・・ヒトゴトではない、三十年後には自分もああなる。食事が終わったあと、Gさんにナースコールで“ベッドを平らにしてほしいんですけど”と頼むが、Gさん、“さっきもう平らにしましたよ”とソッケない。見ると確かに、まだ傾いているので、平らにしてやる。このGさん、日記にいろいろそのコワさを書いているが、こないだ安達Oさんが、待合室で彼女を見て即座に、“あれがGさんという人ですか?”と言った。いかにもコワい婦長さん、というキャラなのだ。その話で妙に親しげに爺さんと話。腰の腫れを最初内科的治療で散らそうとしてダメで外科に移ってきたが、手術前に一旦家に帰らせてもらうそうだ。かなりゴネたのだろう。見舞いに来ていた娘たちも驚くほどかいがいしくつくしていたし、そういう扱いに家で慣れていた人物にとって、Gさんの扱い方はかなり心外だろうからな。

 ナースステーションにお世話になったお礼のおせんべを持っていく。ついでに体重量ったら、結局1キロの減。退屈なもんで三度々々、きちんとメシをくっていたからなあ。水ぶくれが取れれば、もう1キロくらいは減ると思う。9時、K子来る。しばらくしてイーストプレスKくん。彼に荷物持たせ(昨日から整理してたのでそんなになかったが)、地下のさくら銀行の端末で金を降ろし、支払い。なんだかんだで20万近く。やはり入院は金がかかりますなあ。隣のヒルトンの喫茶でしばらく雑談。電子出版のヒサンな状況などを聞いて意地悪く笑う。やりようによってはいくらでも黒字にできるテがあるんだがね。次の出版の企画の話が出るが、前の激怒メールのこともあるし、ちょっと保留。

 12時、タクシーで渋谷まで。たまっていた連絡仕事いくつか片付ける。病み上がりであまりハリキリ過ぎないよう気をつけなくちゃ。昼は実家から送ってきたカレーで。やはり病院のよりウマい。食べながら送られてきていた『ダ・ヴィンチ』読む。作家志望者に向けてのメッセージで『新潮』編集長の前田速夫氏いわく
「いい人、人格者ははっきり言って作家には向きません」
 まずい。私は作家には向いてないではないか。しかし、考えてみるに作家に限ったことではなく、いい人だの人格者だのが向いている職業の方が、ハッキリ言えば少ないよな、この社会。

 家で原稿書くが、やはり久しぶりの自由に解放感が先に立ち、外へ出たくて仕方がない。六本木にタクシーで出て、ABCなど回る。本を1万8000円買い込んだ。本買いに飢えていたのであろう。帰ってしばらく休む。ネットのサイトをいくつか回る。以前は何だこのバカ共は、と思っていたスカしたアニメ批評系のところも、例の“言語運用能力の欠如”という概念を応用してみるとスンナリわかって笑えるものになる。どんなにスカしても、いまだエヴァ。昼過ぎあたり、各編集部から電話頻々。こっちからかけたところには一本もつながらず。早川書房に至っては会社あげて休みだそうだ。花見か?

 昨日X氏と、ネットの日記のことを話した。理系の人の日記などに、妙に整理されたものがあり、読みやすくはあるし、有用と思われることしか書いてないが、こういう日記は私的にはあまりオモシロクない。日記とは読んで字のごとく日常の記録であり、つまらぬこと、日常的なこと、些細なことをどれだけ細かく記述しているか、で後世における価値が出る。夢声戦争日記など、その極致であった。もっとも、そういう些事を読ませるのはやはり文章の力で、猿真似でメシのことなど細かく書いた雑記にして、ただゴチャついただけのものになっているところもある。

 8時、新宿ヒルトンでK子と退院祝いの食事。超高級鉄板焼きグリルの店。まあ、連日病院食を食べながら窓からヒルトンを見ていたウラミをはらすためだが、某社から印税も入っていささかリッチだったこともある。今回はK子も少しおしゃれしてきた。伊勢エビに松坂牛を堪能。確かに高級感は味わえたが、しかし値段に比すとなるとどうも味はイマイチ。油で胸が焼けた。ドン・ペリのシャンパンをグラスで、それからシャトー・ジスクールの97年。久々のアルコール、さすがに回りが早いや。

 K子との久々の食事、話がはずんで、人の不幸ばなしでキキキと笑いあう。“他のみんなと食事しても、基本的にいい人たちばかりなんでこういう具合に進展しないのよ”と、K子不満そうに言う。食卓での団らんこそ夫婦生活の基本。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa