裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

土曜日

箱根八里のアンディ・ラウ

 やだねったらやだね(こんな苦しいいシャレ)。最初“マッパGOGOGO”というのを思いついて、アップする前にとおもってちょっと検索してみたら、モロにその名前のヌード画像配信サイトがあった。考えることはみな同じ。
http://www.pp.iij4u.or.jp/~mappa555/
 7時起床。朝食、クコの実入り粥。昨日、クリクリで食べた自家製パンにもクコの 実が入っていた。干しぶどうよりあっさりした甘味。

 K子は今日から仕事場への出勤を早めにするとか。平塚くんの事務所にも行くというので、母から送られたカレーと、牛肉とゴボウの炊きあわせを少しお裾分けに持たせる。開田あやさんの日記を読んだら、うわの空の芝居を観にいった、という。気にいってくれたようでホッとする。何も私がホッとすることはないのだが、ここらが贔屓というものの不思議さ。ちょうど昨日解説を書いた色川武大のエッセイに、たまたま町で三笑亭可楽にすれ違い、そのとき連れていた“可楽をしらない”酒場の女に、可楽がどんなに面白い落語家かと説明しようと、声色で『二番煎じ』や『らくだ』を演じてみせるくだりがあった。知らない人にそんなことしたっていきなり噺家の魅力 が理解されるわけもないし、まして可楽というひとは色川氏自身が
「可楽という落語家は、可楽を知らない人におもしろ味を伝えようというのは不可能に近い」
 と言っているタイプの芸人なのだ。それをわかっていながら必死で酒場の女相手に可楽の声色を演じてみせる姿が、すなわち“贔屓”というものの姿なのである。

 昼は母からのカレーを。食いながら飲むのは当然、長崎飲料の発酵茶。ちょっと初めて口にするとクセがあるように思えるが、飲み慣れると、他のペットボトル茶を飲 む気になれないくらい味わいが深い。サイトをのぞいてみると、
「製法特許の独自の発酵技術は、長崎飲料内で日々発見・革新が連続しており健康・味覚・医学他各方面への無限の発展が期待されています。無限の可能性を秘めた“発酵茶”の世界を共有しませんか?」
 と、やや、トンデモの匂いがするような文句が書いてあるのが気になるけれど。

 食ってすぐ、外出。半蔵門線にて、神保町の教育会館城北古書会即売会。今回の買い物は1977年学健書院発行の押鐘篤・著『医師の性科学』。電話帳より大きくてぶ厚い、定価2万3000円の大著である。押鐘篤先生は扶桑社『愛のトンデモ本』(どうなった?)にも原稿を書いたが、性交芸術論を唱え、三拍子のリズムを基調にした“性交譜”なるものを考案した人である。この人が、70歳を前にして自分のこれまで執筆した性科学論を網羅し、全ての原稿に大幅に改訂・補筆を加えて2000ページ近い大著として出版したもの。性の定義、性科学とはどんな学問か、に始まって例の性交譜からエロ替え歌、幽霊は幼児期に見た女性器に対する恐怖のイメージの変形したものである、という説の紹介まで(女性は幽霊を見ないのか?)、とにかくバラエティに富んだ内容。8000円という古書価は安い、と即、購入。これがかなり大物であったので、あとは雑本数冊のみ。今日は他にはよらず、地下鉄でまた渋谷 方面戻り、青山紀ノ国屋で買い物少し。

 少し休んで(横になって買った『医師の性科学』を読もうとしたが、あまりの重さに腕が痛くなって中止)、メール送信数通。それから原稿書き。不捗。冒頭にも記したが、明日の日記のタイトルに予定していたシャレが、すでにそのタイトルで商業サイトまであったことで使用できなくなり、他のものに差し替えなくてはならなくなって、その差し替えようのシャレが思い浮かばず、苦悶する。およそ世の中でもトップクラスに馬鹿馬鹿しい苦悶であろうと思うが。そんなことしているうち7時半を過ぎてしまい、あわててタクシーで新宿へ。老運転手氏、結核なんじゃないのか、と心配になるくらい、苦しげな咳をひっきりなしにしている。それでも車中、“箱根八里のアンディ・ラウ”というシャレを思いつき、なんとか安心。K子のリクエストで、伊勢丹天一でまた銀宝を食べようというわけ。

 席について、K子はさっそく銀宝を頼むが、私はまず、イカから初めて、少し段階を経て銀宝へ行こうとする。そうしたらK子が“そんなことやっていて、いざ頼んだときには品切れだったらどうするの!”と言うので、心配になって次にすぐ銀宝、と頼んだら、やはり旬のものははけるのが早い、揚がってきた分で今日の銀宝はおしまい、という人気であった。三回はお代わりを、と思っていたアテははずれたが、まあ スカでなくてよかった。他にメゴチ、イカ、蓮など。

 休日のせいか、子供連れが多い。夫婦に子供二人、母親と夫の妹という組み合わせで来ていた一家、旦那は肥満タイプの三十男だが、奥さんはスリムで、かなり一般レベルを越した美女。なんでこういうのが組み合わさるんだろう、と面白がって観察していたら、デザートのあたりで姑が、“あのモー娘。ってのは、案外長持ちするわねえ。出たときにはキワモノですぐ消えると思ったけど”と嫁に話しかける。美人の嫁さん、苦笑した感じで“あれは、メンバーをわざととっ換えひっ換えして話題をつないでいるのよ。最近は売り方がうまいから”と何かマニアックなことを言う。“そうね、売り方ね。実力はあんたちの頃の方がずっと上よ”と姑。してみると、この奥さん、もとアイドル歌手であったか。おニャン子の端の方にでもいた子か? まあ、旦那もこれだけの人数にカウンターで天ぷらをおごれるんだから、見かけより実質の稼ぎで選んだのだなと納得していたら、勘定の段になって、子供のうち女の子の方が、
「ねえ、誰がここ払うの? ババが払うの? それともお父さん? メロンはうちが頼んだから別?」
 と、妙に所帯じみた心配をしはじめだした。いずこも大変。

 9時半にはうちも食べ終わる。お値段はこないだのほぼ半額。やはりこないだは銀宝をおかわりしすぎたか。帰宅して、メールなど見、仕事場回りにあふれて崩れた本類を、ちょっとだけ片付けて、寝る。シーツの上に寝転がっている姿を見て、猫がかなり小さくなったことを知る。もう老猫だものなあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa