裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

水曜日

ダダの生一本

 既成の芸術的権威打破には、酒が必要だ。朝、7時半起床。朝食、豆サラダ。グリンピースがないのでニンジンを賽の目にしたものを大豆、コーンと。朝食後すぐに日記つけ、メールチェック。当然のことだがいろんな雑用が一気に襲ってくる感じで忙しい。

 荷物も多々。さんなみから送ったカバン類が届き、幻冬舎からは新刊『クスリ通』(『笑うクスリ指』改題)の見本が届く。『クスリ通』はもともと、担当のSくんが“『薬局通2』というタイトルで出しましょう!”と主張していて、いかにも幻冬舎らしいアイデアだと私も大笑いしていたのだが(1の版元である早川書房のAさんは“エーッ”と絶句していた)、上の方だか下の方だかから、“いかに何でもそれは業界の信義にもとる”とクレームがつき、結局無難な『クスリ通』などというタイトルになった。ちと残念である。旅疲れもあり、ひさしぶりにマッサージ行くかな、と電話してみるが、時間の都合つかず、断念。

 1時、船山へ。K子が志摩ちゃんとランチを食べるというのでお相伴。お刺身にサンマ塩焼き、あら汁、てんぷらがつく。こないだはここのご飯が食べられなかったので、あふあふという感じでかきこむ。つけものの中に子持ちワカメがあった。昼を健康のためにも抜かそうかとは何度も思うのだが、こことかのことを考えるとどうも。 他人のせいにしちゃいけないか。

 そこから直行して時間割。河出書房『文藝』Aさん。文藝の寺山修司特集での、私の寺山体験についてのインタビュー。私にとっての寺山体験は、第一期が『戦えオスパー』『明日のジョー』などの作詞者としての体験、第二期が『鉛筆のドラキュラ』『さかさま世界史』などのエッセイストとしての体験、第三期が『身毒丸』『毛皮のマリー』などの戯曲作家としての経験、そして、第四期が『書を捨てよ町へ出よう』『田園に死す』などの映画監督としての体験であった。実を言うと私が最初に文体を模倣しようと試みたのは、エッセイスト・寺山修司のそれだった。私の文章を知る人はほとんど(Aさんもそうだったらしいが)、どちらかと言うと私の文体は澁澤あたりから影響を受けているのではないかと思っているようだ。しかし、中学高校時代から、どちらにも傾倒しながら、論理性でより明晰な寺山の文章の方を私は好んだのであった。そして、映画作家としての寺山には人生を変えられるほどの影響を受けている。『書を捨てよ……』を初めて文芸座地下で観たときは、あの濃密な“♪健さん愛してる……”の合唱にアテられてヘキエキしたものだが、その後『田園に死す』に出会って、完全に打ちのめされた。ここらへんのことは『文藝』を読んでほしいが、この映画はなをきにとってもエクセプショナルな一本であるはずだ。寺山と青森の関係ほど骨がらみではないけれど、われわれもまた、北海道という故郷を切るべきか切らざるべきかと懊悩していた時期に、この映画に出会ったのである。実は私にとっての新宿はいまだに、まだアルタの建つ前、あの映画のラストシーンで、菅貫太郎の寺山自身が、母(切ることの出来なかった過去)と一緒に路上で飯を食べる、あの新宿な のだ。

 とりとめなく話したが、Aさんには“いや、面白い話が聞けた”と喜ばれる。一旦帰宅し、快楽亭のところに美空ひばり出演の『黄金バット・摩天楼の怪人』のデータをFAXしたりなんだり。4時半、もう一回家を出て、また時間割へ(能登で開田さんに、カラサワさんは一日何回打ち合わせをするんですと呆れられたが)。二見書房Fくんと怪獣論本打ち合わせ。打ち合わせはスケジュール確認と、メモ進めている間に当初の本の内容に少し変更を加えたいと思いついた点を提案してみる。本の書店での置き所が変わるかも知れないような変更で、どうかと思ったがFくんの思惑ともまあ、合致したみたいで了承となる。

 それから業界ばなし。情報収集とも雑談とも言うが、知っている数人の女性作家について、いずれもちと、シャレにならないような話を聞く。因果、というようなものは本当にあるんじゃないか、と思える。圓朝の怪談ばなしには、今でも通用するような要素がいっぱいあるんだねえ、という感じ。親から子へと因果が続く話もあれば、豊志賀と新吉、お久の関係(『真景累ヶ淵』)のような、女心の嫉妬にまつわる話も あり。

 終わって、タクシーで青山へ出て、夕食の買い物。帰宅して料理にかかる。カニ缶の炊き込みご飯に刺身、芽キャベツと鶏肉団子のスープ煮。DVDで『サインはV』を。全日本選手権で、大本龍子があっと言う間に敗退してしまったことにK子は不満の様子。日本選手権のあと日本リーグがあるというのがよくわからん。では日本選手 権って何だ? ビール小缶一本、日本酒三合ばかり。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa