裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

水曜日

猪八戒会長山本弘

『こんなにヘンだぞ! 西遊記』発売! 朝7時45分起床。朝食、ふかしサツマイモと黄ニラ入り中華スープ。サツマイモはベニアズマを使ったが失敗。やはり五郎金時でないといかん。キウイ・志加吾を含む立川流前座全員破門、というニュース。やれやれ、またかよ。この件についての詳細が聞きたければ7日のロフトプラスワンに集まりたまえ。本人たちの口から事情を聞こう!(ブラック・志らくの確執も是非、状況を聞きたいところである)。

 ネットでじゃんくまうすさんの『がらくた日記』を見てみなさい、とK子が言う。アレルギー性鼻炎から難聴になったのだそうな。見てみると、耳に麻酔薬をそそぎ入れて(ハムレットの親父みたいだ)、鼓膜を切開し、その奥にたまった水を吸い取ったという。読むだに嫌な手術である。K子は嬉々としている。ホントに他人の不幸が好きな女だ。手術を終えたとたんに急に世の中がうるさく感じられた、というのが笑える。小学生のころ、嫌で嫌で仕方なかったメガネをかけたとたんに、世の中というのがこんなに明るくハッキリしたところとは思わなかった、と驚いたようなものだろう。足の強さにしろ性欲にしろ、昔にもどす技術ができたら、世界が変わったような心持ちがするのだろうと思う。あと記憶力も。

 昼は寿司屋でもらった稲荷5ヶ。それとだいぶ前に作ったまま冷蔵庫に入れておいた手羽の煮込み。味が染みてうまい。食ってからまた六本木のABCに出かける。こないだ買わなかった資料(執筆中の本のテーマに隣接したもの)を、やはり買おうと思って出かける。で、立ち読みをしばらくして、再度翻心、買うのをやめる。出ただけムダになったようなものだが、しかしここで立ち読みしないでネットで買って、後で悔やむよりはいい。やはり書店の存在意義の第一は立ち読みにある。明治屋で買い物して帰宅する。

 3時、時間割にて河出書房新社Aさん。夢ムックの澁澤本、大変好調であると喜んでいる。そう言えばパルコブックセンターにも別台が作られて積まれていた。で、その中で一番評判のいいのが私の書いた原稿だという。もっとも、私の評判がいいのではなく、紹介している中川彩子の絵が評判がいいのである。さっそく、この中川彩子の特集を秋に出すことに決まったからもっと突っ込んだ評論を書けとの依頼。畸人研究の今氏の方にもすぐ連絡するという。話はそこからアブ雑誌の画家たちのことになり、カラサワさん責任編集でそういうのを集めた本を作りましょうよ、などというところまでいく。面白いことにはなりそうだがいかにも金にならなさそうで苦笑する。澁澤の家、写真では大邸宅に見えるが実はこぢんまりしたものだという話、パイプで命を縮めた話。Aさん、“私の知る限り、パイプやっていた作家で長生きした人はいませんね”と言う。そう言えば福島正実がパイプ党だったはずだが、彼の癌もパイプのせいかしらん。

 帰宅、横になったらそのまま一時間ばかり熟睡。起きてパソコンに向かう。電話、メール等で編集部との連絡。海拓舎とは明日、昼に打ち合わせ。早川書房A氏からは以前の連載をまとめて本にする依頼。構成をだいぶ変更し、書き直さねばならないことを告げる。来週後半の打ち合わせまでに新・構成案を考えておくことにする。忙しくなってきた。それにしても出版の話が途切れなく来てくれるのはありがたい。ただし書き下ろしはさすがに二冊同時進行は無理。連載をまとめるという形にしたいんだが、最近は格好な雑誌媒体が払底している。

 今日は私の44歳の誕生日である。こないだまで45歳になるのだとカン違いしていた(ナンビョーさんのサイトでK子の年齢を一歳多く言っていたため)ので、何か一年、寿命が延びたような気になった。その祝いというわけでもないのだろうが、K子が船山をおごってくれるという。ちょうど、船山にいい牛テールが入ったのだそうである。和食屋で牛テールを食わせるのは何か珍しいが、ここの主人はそういうものをどんどん取り入れていく。まず前菜が空豆の天ぷら、ミョウガ寿司にくらげの酢の物。それから刺身がコショウダイ、イシワリ、タチウオ、ウルメイワシ、イトヨリ、アカイカの何と6種。それを二切れづつ。ウルメイワシが刺身になるとは誰も思うまいが、普通のイワシより身の色が濃く、なかなか美味。コショウダイはタイと言い条イサキの仲間で、コリコリとした歯触りで甘味があり、絶品。

 メインはそれからで、まず甘鯛の塩焼き。15センチくらいの小ぶりなやつだが、一夜干しにしたものを遠赤で焼き、仕上げにさっと醤油をひとはけ塗って、大根おろしも赤たでも紫蘇の実も、薬味類は一切添えないで出す。それだけ味に自信があるのだろう。ほくほくとした身は甘鯛独特のねっとりとした風味を塩がひきしめていて、思わず居住まいを正して食べたくなる味。面白かったのは、カブトの方も味わってみると、眼肉やカマの部分が、身の方とは全然味がちがっていたこと。味が濃縮されている感じで、美味を通り越していささか淫猥。谷崎潤一郎あたりが好みそうな関西の味。骨までとってしゃぶるという貪欲さがなければこの味は味わいつくせない。とり すました江戸の料理屋には向かない素材である。

 それから牛テール。付け根の太いところだそうだが、どっしりと貫禄のあるやつを8時間蒸したという、何かケーキのようなものがどーんと出る。工芸品を見るような迫力がある。箸を入れると全く力を入れずにちぎれる柔らかさ。醤油・みりんの出し汁がかかっているが、その味は後ろの方に控えていて、舌に直接感じられるのはゼラチンの甘味と、肉のうまみのエッセンスである。奥の方に隠れていたそれを、8時間の蒸し煮が表へと引きだしたというような、そんな感じがする。溶き芥子が添えられているが、ちょっといたずらでワサビをおろしてもらい、それで食べる。脂っこさが洗われて、むしろ肉の味がダイレクトに舌に味わえなかなか結構。テールはかなり前にもこの店で食べたことがあるが、こんなに大きくはなかった。そのとき食べた後に残った骨は、まるで零戦のチョロQみたいな形状で、完璧な造形美を示し、飾っておきたいくらいのものだった。今回のは大きい分、このあいだの完成度には及ばず。

 この数日、ろくに仕事しないで、打ち合わせでパーパーしゃべって、昼寝して、晩はうまいもの食っている。もう少し自分の身体と頭をいじめぬかないといかんなあ、と反省。ただし、これくらいの楽しみがないと人生もあまりにサクバクとしているだろう。家に帰って、今日の食材についてネットで調べる。コショウダイはブタノハナという艶消しな別名もあるという。唇が下付きでふくれた形状をしているからで、英語ではスイートリップスなどという色っぽい名前で呼ばれている。チョウチョコショウダイ、アヤコショウダイなど種類が多いが、どの仲間も幼魚が可愛く、泳ぎ方も可憐で、こればかりを追っている水中写真家もおり、“海のロリコン”と呼ばれている そうな。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa