裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

日曜日

懐疑派踊る

 流奈くん事件で。朝6時半起床。目が覚めてしまった。K子が“そんなに早起きしてまでハリケンジャーが見たいか”と毒づいたが、別にそれで早起きしたわけではない。しかしまあ、確かにやっと主題歌から見られた。第13話『ヒゲと婚約指輪』。脚本を毎度褒めているが、今回はダメ。人のいい中年のケーキ屋さんのプロポーズばなしと、ジャカンジャの人類下忍計画の間に有機的なつながりがない。ケーキ屋さんのキャラクターがよすぎて、脚本がそっちを描くことに一生懸命になり、怪人の方がお留守になってしまった。ここはやはり、ケーキ屋さんかそのフィアンセか、どちらかが怪人の手中に落ちなきゃいけないでしょう。昔、平山亨さんが『人造人間キカイダー』で、“注意していないと脚本家たちが、みんな服部半平を主人公にした話を描く”と言っていた。オトナが面白がるキャラクターばかりを描き込むヒーローものはカルト作品にはなっても人気作品にはならない。もちろん、“コアラって見かけよりずっと頑固で、笹っぱしか食べないんだよな”のセリフに、視聴者が心の中で突っ込むのを見越して、後でオトしたり、可愛い女子高校生にまでナマズヒゲを生やしてしまったり、後から戦いに参加したイエローが何がなにやらしまいまで状況を把握できていなかったり、工夫は相変わらず凄いけれど。

 朝食、ハムエッグスとトースト。果物はイチゴとモンキーバナナ。午前中はだらだらと過ごす。竹村健一が大使館亡命事件で気炎を上げていた。さあ、非戦不戦の大好きな諸君、この事件がらみでこういう連中がこれから君たちの大嫌いな国の威信だとか理念だとかという言葉を掲げて迫ってくるぞ。早くあの時の日本大使館の行動を正当化して弁護してはいかがかね。さるにてもあのビデオは国家をゆるがす大イヤミであった。裏モノドレス職人金成さんから、K子が注文したシャツが届く。ニューヨークをモチーフにしたデザインの布地でシャツを仕立ててもらい、そのボタンがなんと飛行機型、というけしからんもの。

 母に電話して、クスリの注文。声が何かおかしい。風邪かと思ったら、豪貴が新しく調剤薬局を開店したり、伯父の公演のことが心配になったり、いろいろ精神的なストレスがたまって、声が出なくなったという。“美智子さま症候群よ”とのこと。

 昼は外出、新楽飯店、何か新しいものを注文しようと思ったが結局、また貝柱野菜煮込み定食。すでに新鮮味はないが、思った通りの味で満足。パルコブックセンターで『杉浦茂・自伝と回想』(筑摩書房)を買って、青山までぶらぶら歩き、近くの喫茶店に入って読了してしまう。小一時間で読了できるくらいの本で、それなのに定価が2000円もして驚いた。自伝といっても完璧なものでなく、書きかけで体調を崩し中断してしまったものに、弟子の斎藤あきら氏の証言、インタビュー、作品論を加えてまとめたもの。自伝はマンガ家としてまだ一本立ちする以前のところで擱筆されており、あの奇想天外な作品の創作の秘密を探ろうとして読む者には物足りないだろうが、私のような懐古マニアには、筆者と直接関わりのある人物として出てくる名前だけでも田河水泡、倉金章介、徳田秋声、長谷川町子、福井英一、小林秀雄といった豪華さで、読んで嬉々としてくる。この人の回顧は特殊な流れがあるようで、ひとつの話題で興が乗るとどんどん時代を超越して話がすすみ、また唐突に元にもどる、という感じで、そのあたりがいかにも杉浦マンガの奔放自在さを思わせる。また、この人の記憶力はとにかく些末なところに及んでいるようで、戦争の足音が日本に高くなりはじめた昭和十四年、宮尾しげおを中心に結成された『日本児童漫画家協会』、また作家やマンガ家・児童画家の国家奉仕を目的に結成された『新日本漫画家協会』への参加のことを書いても、その会の性質とか問題点とか、その会への自分の感想などということにはまるで触れずに、そこで講演に招いた軍人の、陸海軍の性格の違いを記し、またいきなり当時の映画の話になって、『会議は踊る』(今日の日記タイトルの元ネタ)を観に行った映画館での場違いおじさんの行動の記憶を書く。もうたまらないくらいおかしいし、変にそこで会の戦争追随の性格の批判などを言い立てるより はるかに痛烈な批判たり得ている。

 そして、余計な神格化(最近の特撮モノの本などによくある)がないのがまた心地よい。本人もインタビュー(これは別の本のためにされたものを採録したらしいが)でもまったく偉ぶらず、
「あのね、日本画とか洋画やる人は自分を特権階級だと心の中で思ってる。挿し絵画家や図案家、漫画家よりかずっと上だと思ってる。だからあたしもね、ホントはそういう上級な方の画家になりたいですね」
 などと極めて正直。これが実に読んでいてスッキリする。“自分の仕事に誇りを持たぬ作者からいい作品は生まれない”とか言うが、ちょっと考えればわかることであるけれど、いい作品を生むのは才能であり、誇りなどではない。むしろ誇りに支えられなければものを創れない者の方こそ弱い存在でしかないだろう。

 青山で買い物して帰宅。原稿書くが進まず、ええ、今日はいいやと放りだし、また新宿へ出る。DVD店を冷やかして、パールハーバーの記録ものを一本買って帰る。夕食の用意。鯛の唐揚げ甘酢あんかけ、鶏手羽の煮物、それから冷やし中華麺を使ったリーメンもどき。リーメンそのものがチャイナハウスのオリジナルなので、完璧な模倣は無理なのだが、ザーサイ、チャーシュー、ネギをみじん切りにしてごま油であえた麺にからめ、ガーリックソルトで味付け。まあまあ、カニに対するカニカマボコくらいにはなった。K子がおかわりをしたくらいだから成功であろう。DVDのパールハーバーは当時の体験者たちがその時の模様を語っているが、
「最初、映画かと思った」
 という意見が、当時すでにあったのに驚いた。例の同時多発テロ事件のとき、真っ先に思い浮かべた感想も“映画みたいだ”であり、あちこちで当時見られたそういう記述を“この事態に直面したくないという心理が働いた逃避的感想”と分析した人さえあったくらいだが、しかし映像というものを記録できる技術を得た瞬間から、人間は自分の実際の体験を映像による疑似体験になぞらえるという思考形態をとる生き物になったのだ、ということが、この証言からもわかるような気がする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa