裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

月曜日

三平とりが三平になる

 三平に釣りをやめさせようとした男が、逆に釣りにはまって・・・・・・(タイトルの三平は“みひら”と読むこと。釣りキチ三平、本名三平三平)。朝6時起き。寝床で本を読んで7時半まで過ごす。気分は鬱々。朝食、昨日のオニオン・スープに卵を落として。K子には野菜スパゲッティ。昨日ドタバタして読み損なった読売新聞日曜版書評欄。こないだキツく言ったせいか(そんなわけァない)、今回取り上げている本はいずれもリーズナブルなお値段で、一番高いもので3800円。それだって充分高いが、6000円の7000円のという一般人にとり非人道的な値段じゃない。筒井康隆が昔、『みだれ撃ち涜書ノート』で書評のたびに本の高価さを繰り返し嘆いていたが、あれが一般読書人の目線というものである。あまりに高価な本には、それを取り上げる際、読者のふところをそれだけ痛めることに対する一言の弁解を述べておいた方がいいのではないか。ついでに言うと、筒井のあの書評は一冊々々の内容に即して評するポイントから文体まで変えてみせるという、およそ書評における最高といっていい至芸を見せてくれた例だった。以前はここの書評担当者には筒井と大変仲のよい人もいたようだが、あれを見習えというような酷なことは言わないまでも、ものは内容で選ぶばかりじゃない、勧め上手にのせられて、ということだってある。そういう幸運な出会いをコーディネートしてくれるのが書評欄の役割だろう。もう少し“勧め方”に気を配った方がよくはないか、書評担当者諸氏。

 午前中はまたもだらりで過ごす。鶴岡から電話。やはり春めいた話が多々でて、まアみなさまお若いですなアという感じであるが、こちらも年甲斐もなく少々浮かれるような笑い話も聞く。7YEAR ITCHである。私ら夫婦はその倍の結婚14年目だが。パンドレッタで志加吾と仕事をして、以前と見違えるほど言動に余裕が出て来て、自信がついてきたのに驚いたそうだ。“売れてくると違ったもんですねえ”と言う。果たして鶴岡はいつ、そうなるのか。

 いくぶん元気を回復して、六本木に出て雑用。ABCに新宿店での私のサイン会の宣伝あり。昼飯はどうせ連休中でどこも店が休みだろうからと、明治屋で中華弁当を買って帰り、家で食う。ニラ饅頭、青椒牛肉絲、アワビのチリソース炒め。900円もする弁当だったが、それなりの価値はあり。やはりコンビニ弁当とは段が違う。

 食ってすぐ講談社Web現代原稿。連載開始当初は毎回原稿用紙9枚を埋めるのにヒーヒーだったが、最近は枚数が足りずに、書き上げてから削ることがほとんどである。書いて削って、また書いて削って。5時ころまでに完成、メール。引き続いて、『オトナ帝国』対談、赤入れ2度目。これがまた、原稿をまるまる書くくらいに大変な作業になったが、どうにかこうにか、流れがスムーズに行くまでに修復を完了。いや、大汗をかいた。終了まぎわに担当者から電話、いくつか指示を与えて、それからFAX。それにしても、映画公開前に出る予定だったんじゃ・・・・・・。

 時間が半チクになったのでテレビを見る。CNNで、ドットコム企業倒産のことが取り上げられ、香港でドットコム会社に勤務していた女性がそこの倒産で、ベリーダンサーになった、という話を取材していた。“自分の体を使って稼ぐこっちの仕事の方が、ずっと健全だと思うわ”というコメントはなんだかなあと思うが、別に彼女がそういう人々の典型というわけでもなく、やっぱりこれは“絵になる”事例だったから取材したに過ぎまいな。

 8時、新宿に出て伊勢丹レストラン街、天一でK子と食事。カウンターの左隣の席が右翼系らしきエライ人を囲んでの会食、右隣が今度結婚するらしい若い男女を囲んでの両家の食事会。右翼系のおエライ人はもう独演会、とはいえ“若い世代に小林よしのりのマンガなどを読んで理屈もよくわからぬまま愛国心を唱える人間が出てきていることは決して喜ばしいことではない”とか“マスコミが愛国心発言にむやみに神経過敏になるのはいかがなものか。最近右傾化する若者が増えてきているとはいえ、大東亜戦争を肯定する層は全人口から見れば1割以下に過ぎず、このくらいの数字は「意見の多様性」の範囲内である”とか、漏れ聞いていて面白い話がちらほら。それに比べると右隣のカップルは、男の方がモサーッとしたロック系の、茶髪をヘアターバンで不潔ったらしくまとめた、ロクに会話も出来ず箸も使えぬ奴、女の方はやや可愛いが陽気なだけのパーパー、そういう息子娘を大甘に甘やかしている風の両家の親ども含めて、もう一回日本は戦争を体験した方がエエのではないか、とつい憤慨してしまう。ケンペーくんの気持、わかるなあ。息子の方はどこの大学だか、一応法学部卒なのだそうで、昨今の教育の無力化の一つの実例を示している。母親曰く、
「・・・・・・この子、本当に気分屋で、大学四年のときいきなり“司法試験を受ける”と言い出して勉強しはじめたんですけど、もう一週間くらいで飽きて、“大学院行く”って今度言い出して、それも五日くらいで・・・・・・」
 彼女曰く
「○○くんは法律よりやっぱり音楽の才能の方があると思うんですよねー」
 いや苦笑してしまいそうになって弱った。私ら夫婦はその間にはさまれて、連続殺人犯とか自殺実況テープとかの話で嬉々として盛り上がる。これもやはりマトモでない。体調回復してきた証拠か酒がうまく、熱燗と冷酒をチャンポン。ネタは連休中のこととて新鮮とびきり、とはいかないが、シャコが甘くてうまくて、三度もおかわり した。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa