裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

水曜日

時限白檀

 爆弾のかぐわしきかほり。朝4時に目が覚めたら二日酔いの頭痛。自分が何かイヤになるね。それでも半には起き出して、原稿を書きだす。残り二本で、一本が7枚半(400字詰め勘定)、もう一本が12枚半。計20枚、1万3000字である。今日は9時半出発予定だから、5時間弱で書き上げねばならない。かなりスリリングな展開であるが、やはりこういうときになるとテンションがアガリますな、2時間半で7枚半の方をやっつけ、朝飯(昨日伊勢丹で買った京風鯛飯弁当)をK子と食べて、それから残り2時間で12枚半、書き上げた。内容をざっと読み返すが、構成その他に強引な部分がいささかあるものの、これは唐沢俊一という書き手の特性という範囲内でおさめられるもの。あとはゲラで用語と誤字脱字のチェックさえすれば問題なしと判断して、メール。残りの時間でプロフィールを書いて送り、日記をつけ、シャワー浴びて出発準備完了である。ふう、いつもこういうギリチョンでしか書けないのは悪い癖なのだが、テンションがぐーんと上がったまま一気に原稿書き上げるという快感は、まさに下戸の知らねえいい心持ちだ、という感じである。

 ゴミを出して、9時半、羽田へ出発。空港でもうひとつお仕事、コミックス編集部に執筆者近影用の写真を速達で送る。JAS小松行きの出発口が遠い遠い。メンバー全員無事集まる。談之助さんもゆうべ徹夜で原稿書いていた由。ゲーム関係の原稿であるが、編集部が何やら“刑事事件に巻き込まれたかもしれない”という不穏な理由で、まだ連絡がついていないという。何が起こったか、不埒な想像をみんなでして楽しむ。今回はかなり用意万端で出てきたつもりだったが、ズボンを新しいのにあわてて変えたので、ベルトをしてくるのを忘れた。K子もASA800のフィルムを空港で買おうとしたら400のしかない、とコボしている。

 羽田の天候は曇り、小松はあいにくの雨。気流が悪く、ジュースとお茶のサービスが、私たちの席のひとつ前まで来たときにベルト着用のサインが点灯し、サーッと引き上げていく。まあ、仕方ないんだがK子大憤慨。

 小松空港にSさん夫妻とBさん、出迎えてくれている。それぞれの車に便乗させてもらって、金沢まで。今回は時間がないので、ただ金沢は乗り換えだけなのだが、わざわざ見送りに来てくれたのである。最初は市場で食事、ということだったが、飛行機の遅れで時間がなくなり、そこらのファミレスで、ということになる。あやさんが
「まず、身を低くかがめないと高く飛べないのよ」
 と自分に言い聞かせるように言った。それぞれ中華ランチ頼みながらオタ話。Bさんは植木さんの『悲しきネクタイ』にサイン求めていた。あの日記のタイトルのギリシア文字ダジャレの話になれる。“イプシロンおばさん”には笑ったがウプシロンのときはどうするのか、などなかなか楽しい。それから雨の中、駅まで送ってくれる。BさんにはSF大会、Sさんにはコミケで、それぞれ再会を約す。

 能登までの旅は、交通がダイヤ改悪でかなり不便になり、今回はサンダーバード使うと返って遅くなるので、JR能登線各駅で七尾まで行き、そこからのと鉄道に乗り換え。最初のJR能登線の発車時間がタイトで、切符の自動販売機の調子が悪く、ちとあせったが、無事に乗れた。しかし、こうして各駅で行くと改めて、さんなみは遠いなあ、と感じる。不思議なことに、帰ってから思い出すと、遠かったイメージはなくなって、メシがうまかったことだけが脳裏に浮かぶんだが。

 途中、能登線鹿西駅の立て看板に『おにぎりの里』というのがあり、アレハナンダと話題になる。たぶん、遺跡から古代のおにぎりが発掘されたというようなもんだと思うが、ちゃんとイメージキャラクターまであり、おにぎりくんとおむすびちゃん。他にも村起こしにいろいろどの駅もやっきなようだが、“おにぎりの里”というのもどうもな(帰宅後真っ先にネットで調べたら、やはり古代のおにぎり発掘の里”だった。

 まだ夕暮れにはちょっと間があるころ、さんなみ到着。今回はみんなでぶらぶらと歩いていく。途中、例のおしゃべりお婆ちゃんのいる食料品店でお茶など買い込む。やはりお婆ちゃん、店の奥から駆け寄ってきて、まあしゃべるしゃべる。“どこからおいでたの? まあ、東京。東京の花売り娘。東京だよおっかさん”って、脳内に浮かんだことをそのまましゃべっているらしい。

 山道を歩きながらさんなみ着。残念ながら露天風呂はいまだ完成せず。その代わり門がさらに立派になって、離れに行くのに段が出来ていた。部屋に入ると、さっそくお母さんが、部屋にお茶と自家製の水ようかんを持ってきてくれる。甘みが旅の疲れをスッとほぐしてくれる。風呂を使わせてもらい、さて夕食。

 夕食は、メモ取りながら食べていた植木さんやあやさんが自分のホームページに詳述してくれると思うので、ここではくわしく述べない。甘エビが山盛りで出てきたのに驚く。甘エビとはよく言ったもので、まるでお菓子みたいに甘い。談之助夫婦の喜ぶまいことか。あと、いさざ(シロウオ)の踊り食いが季節を感じさせてくれた。酒はもちろん竹葉。さんなみの料理が凄いのは、地方の伝統料理に安住していないで、その素材を使って次々に新しい料理に挑戦し、それを見事に能登の自然の中にどっしり落ち着いた、風格の一皿に変貌させてしまうことだ。原稿アゲてきた開放感からか今日はいくらでも腹に入る。いつもは何皿かは食べきれずに残すのだが、今日はまだ足りない、とダダをこね、オコゼの刺身が新に出た。あと、ベランダに干してある干物をご自由に、というので全員、懐中電灯持って泥棒のように干物を取り、炭火で焼いて食べる。イワシがほとんど一夜干しで、これがもう絶の品。酒がさらにすすむ。呑んで食ってダベって、さらに部屋に引き上げてもさらにダベり、10時過ぎ、寝るというよりダウンした。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa