裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

木曜日

大奥インクローゼット

 上様じゃ、新五郎どの早く押し入れの中に! 朝4時起床。昨日、海拓舎に“今晩中にまた原稿入れます”と言ってしまったのが酔っぱらって書けなくなったので、せめてもと早朝に2本。送った時間が4時44分。その後また布団にもぐって7時半まで寝る。朝食、イチジクとヨーグルト、青豆ポタージュ。朝食だけは不思議と同じものを続けても飽きない。

 風呂を使う。首筋、依然ヘンテコだが、昨晩風邪薬を飲んで寝たので、まあまあの調子になっている。日記つけるが、やはり気圧で精神状態が不安定とみえ、奇妙な調子となる。まあ、私の日記などいつでも奇妙な調子だ。ネット日記で、ボクは世の中を斜に構えて見てますから、というようなポーズをとって気取っているところが、政治関係や戦争関係の話題になるととたんに大上段にふりかぶったような調子になる場合があるが、あれは文章書きとして自分のキャラクター立てを失敗している例であろう。と、いうより、斜に構えた姿勢を常に保つというくらい難しいことはない。文才のない人間は私も含め、適度に真面目を標榜していた方がずっと楽なんである。

 午前中かけて週刊ポスト『スパイダーマン』評。映画で描かれている主人公の成長と、低予算スプラッタ映画監督から出てここまで堂々とした大作を撮ることが出来るまでになったサム・ライミの成長とを重ねあわせて書く。もちろん、私は生涯一スプ ラッタというヤツの方が好きなんだが、それはまた別の話。

 昼飯は家でタラコ、豆腐などですます。恵贈本に目を通す。山本会長の『こんなにヘンだぞ! 空想科学読本』(太田出版)。柳田理科雄のヘロヘロさにいらだっていた怪獣ファン・SFファンたちには干天の慈雨であり、大いに楽しんだが、しかし、山本氏の“SFとは理屈にとことんこだわるもの”という定義には、そうかなあ、と首をかしげてしまう(今日は傾げると痛いのだが)。理屈を借りて、あるいは科学の名を借りて、理屈や科学にはまったく無縁の駄ボラをぬけぬけと(この“ぬけぬけ”が大事)ふくものがSFだ、という私の小学生のころからの定義は間違いなのかしらん。いや、僻論であることは承知しているが。

 もう一冊、みなもと太郎『風雲児たち』(リイド社)。うーむ、この作品の大の信奉者が周囲にも多いのだが、私にはちょっとわからぬ。と、いうかパロディというものへの認識がみなもと氏と私とは根本から異なるのだろう。この作品から私が受ける感想は“生真面目さ”であって、そもそもパロディとは不謹慎かつ不真面目なものであり、その不謹慎及び不真面目さを競うものだというこちらの概念とは相反するのである(かく、個々の定義のハードルを跳び越えることは難しい)。思えば小学5年のときに出会った『ホモホモ7』はその存在そのものが当時の児童マンガのパロディ、そして貸本劇画へのきわめて不真面目なオマージュとなっており、心底しびれたものなのだが。先に書いたように、不真面目を貫き通すのはこの才人にして大変なことなのか。やはり××学×が悪いのか。

 午後は一杯、『オトナ帝国対談』の赤入れでつぶれる。どんどん赤を入れていくうちに足りなくなり、後半の、私の発言を構成者が切り張りしすぎて意味がまるきり通らなくなっているところは最初から書き直す。結局、4時には音羽に行っていなくてはならないのに、FAXして家を出たのが3時45分。地下鉄乗り継いで護国寺へ。日比谷線の車中で、小柄でずんぐりむっくりで、腹が出ていて額が大きく禿げ上がって、そこに吹き出物が出来ていて、残りの髪はろくに櫛もいれられてなくて背広の肩にフケがびっしりかたまっていて、顔が脂ぎって濃いヒゲが夕方で伸び始めていて、首が太くてワイシャツの一番上のボタンがかけられなくて、ネクタイもゆるゆるで、肩掛けカバンに縁なしメガネのおじさんが、小さな目をさらに小さくさせて、一心不乱に『ちょびっツ』を読みふけっていた。なぜ、このおじさんが『ちょびッツ』を読んでいるのか、その取り合わせを正当化する理由をいろいろと考える。講談社の社員で、“仕事として”読んでいるのか? しかし、仕事にしてはあまりに楽しそうだったし、護国寺の前の駅で降りてしまったから、講談社の人間でもなさそうだ。そのときふと、おじさんおじさんとさっきから思っていたが、この人物は私と同年代か、いやひょっとすると二つ三つ下なのかも知れない、それは十二分にありうることだし、その年齢であれば、『ちょびっツ』くらいストライクゾーン、と思い当たったとき、背中がゾッとするのを感じた。そのときの私は今日の仕事(Web現代の朗読コンテンツの撮影)用に派手な黄色のシャツに青のベスト、上着とネクタイは葡萄茶というスタイルで、これで街を歩くのは少し恥ずかしいと思っていたのだが、いや、フリー職業の矜持として若作りだけはやめまいぞと心に固く誓ったことであった。

 講談社に結局40分遅れで到着。さっそく、担当Yくん、テクニカルディレクターのTさんと、本館貴賓室で朗読の撮影。今日の本はまた小判エロ雑誌で、昭和26年の『愛情生活』。『大空ヒカル』は紙芝居調で、『初めて性交する人のために』は教育映画ナレーション調で、『猿の貞操を奪った奴』は普通の朗読で、と三種類使いわけて読む。読んでいて面白く、自分は大変に満足。しかし、野間清治も貴賓室をコンナもんの朗読に使われるとは思っていなかったろう。首が痛いので、本に目を落とすのはいいがカメラ目線になるときがつらくて弱った。初代担当のIくんも来て見学してくれていた。そのあとYくんと今後の連載とその後の新企画について打ち合わせ。“例の本”、早ければ明日にでも出版が決定するかもとのことで、楽しみである。雑談いろいろ。Yくんの意外な趣味を知る。

 小雨の中、講談社を辞去。傘を忘れて出てしまった。こないだ来たときもそう言えば傘を忘れていった。地下鉄また乗り継ぎ、神保町まで。携帯でK子と連絡とりあって、こないだ行きそこねた『夜咄乃むら』。ソバ味噌が楽しみだったのだが切れていた。相変わらず出版社御用達みたいな店で、隣の席の女性たちが『カワイイ!』編集者、離れた席のおじさんたちが“エンターブレインはだな・・・・・・”などと会話している。鶏ささみポン酢和えのささみが大変に美味、さすが素材はいいが、量がなんとしても少ない。アナゴ白焼きなどは七○○円という値段を頭に置いていると“あっ”と驚くほどの小ささ。そばがき、栃尾のアブラゲなどで生一杯、銚子二本。あとはせいろ。今日は田舎そばもあまりボキボキしていないですすりいい。酒を飲めば肩が少し楽になるかと思ったが、なおさらひどくなり、帰宅して少しパソコンをいじっていたら、上半身が動かなくなるくらい重くなった。家にあるやつで効きそうなあらゆる薬 をのんで寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa