裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

金曜日

発酵の美少女

 あの子もだいぶ熟してきたな。朝、6時に寝床を這い出す。さすがに夢で海拓舎の原稿をバリバリ書いているのを見て(かなり気になっていたのだろう)、これはアカン、と覚悟を決め、7時までに一本書き上げる。栓がやっと抜けた気がする。7時半に朝食。オートミール(もういつもの半分の量しか残ってなかった)、昨日買ったゴマのスープなるもの、イヨカン。辻元清美疑惑に市川森一が非常に及び腰のコメントを出していて笑う。追求も調査も何もない、その渦中の女性秘書を引っぱりだしてくればすぐに事の黒白は判然すると思うのだが、日頃どこのどんな関係者だろうと探し出してくるワイドショーが、この件に関しては何故か動かない。ネットではすでに怪文書(辻元清美は元赤軍派である第三書館の社長の愛人だとか、北朝鮮に土井委員長の肉親が人質同様にとらわれているのできちんとした対応が出来ないとか、まあ前から噂されていたことばかりだが)が流れていて、興味深い動きを見せているのだが。

 朝食後、さらに一本書いてメール、それから日記つけ、シャワー使ったあと、また午前中かけて二本、書いてメール。うぐぐ。12時にタクシーで神保町交差点。『パンドレッタ』神保町特集の撮り。休日あけの金曜で道が混み、10分遅刻。鶴岡と、スカイビューティーズの前島亜美奈ちゃんに挨拶、今日は私がこの後村崎さんとの対談があるのでケツカッチンだということを伝え、さっそく撮影にかかる。前島さんがコートを脱いで、例のスカイビューティーズの制服になり、カメラの前に立っていると、ちょうど昼時の通行人たちが、うわ、というような視線を彼女に向ける。この程度の露出度の衣装、新宿だの渋谷だのでいくら撮影していても、通行人たちは振り向きもせず。神保町の住人たちはこのテのものに免疫がないのかと鶴岡と話す。なかなか面白い現象である。

 最初の取材はブックパワーRB、それから古書センターに行き中野書店マンガ部、文献書院という回りの予定。RBで前島さん、古雑誌の山に驚いていたが、しかし、古本は好きで、よくブックオフなどには行くという。自分で興味のある映画のパンフなどを探しだしたりしていた。こう言っては悪いが、スカイビューティーズというのはたいてい、ゲストのオタクばなしに“わかんなーい”とか言う子ばかりだと思っていたので、テーマの物件が本当に好き、という子は初めてだとみんな感心する。撮影の趣向で、一万円の予算内でこの三軒でカラサワさんの好きな本を買ってもらいますというやつがあったが、雑誌揃いで8000円の出物があり、手銭で買ってしまう。これから行く店でも、手銭でどんどん買っていたら出演料を超えてしまうので、控えるべく決意。スタッフの人たちが、われわれの様子を撮りながら、“こりゃ面白い絵になる”と言う。“カラサワさんもツルオカさんも、目が素になってます”。作る余裕が書店の中ではなくなっているらしい。

 それから中野書店で少し撮影。次の文献さんの、社長さんがまで来てない(私の大ファンなので、社長が来るまで待ってくださいとのこと)ので、しばらく中野書店で待つ。前島さんはエレベーター前に積んであった『ディズニーファン』のバックナンバーを一冊々々、抜き出して手に取り、品定めしている。中野書店に入ろうと階段を上がってくるオタクたちが、彼女の姿を見て一瞬ギョッとした表情になり、それからじっくりとセクハラ気味の視線を頭から足の先まで走らせるのが、非常に脇で見ていて面白い。古書店に来て美少女(しかもコスプレ風)のに出会うなんて、アニメの世界が具現化したか、というような感じなんだろう。鶴岡は“どっきりカメラですよ、これ”と大喜び。二人連れで入ってきた男たちが、店を出て、階段の踊り場で“ファンタジーだよ!”と叫んでいた。

 かなり待つうち、私の残り時間がどんどん少なくなる。鶴岡の判断で、ボンディでの最後の対談は、オレと亜美奈ちゃんでやりますから、ということになる。彼女なら古本の話出来ますから、というわけ。ありがたいことはありがたいが、ボンディで食いながら対談、ということで昼を食わないで来たので、腹が減ること。待っている間に、と山陽堂の脇の道で三人の鼎談を撮る。これが正解で、撮ったとたん雨がぽつぽつ降り出してきた。

 そのあと、文献書院。店主の女性も、店員の若い男性も、私の大ファンだということで、サインを頼まれる。はいはい、とサービス。自分が古書店の主人の身になってみて、撮影クルーがどかどかと入ってきて不作法に棚を撮影していく、というのはいい気分のわけがないから、こうやって私が来ることで喜んでくれる店はありがたい。前島亜美奈ちゃん、自分の水着写真が載っている雑誌(『Tarzan』)を見つけて、これにサインをする。なんと、サイン前は300円だった本が、サイン後は一気に8000エンに値上がり。店長さん曰く、“目の前でのサインは本物という保証がありますから”と。前島さん、本気に驚き、大感激していた。鶴岡曰く“いいですねえ、われわれの本はサインすると「汚れた」とか言われて値が下がるんですが”。

 私はそこで別れ、空き腹を抱えながら急いでタクシー飛ばし、渋谷へとって返して時間割でアスペクトK田さん、T尻さんと打ち合わせ。『ウラグラ』、現在の注文状況は『社会派くんがゆく!』を上回っているそうである。なかなか結構。すぐ村崎さんも来て、対談に入る。例により鬼畜ばなしいろいろ。鬼畜というのはモノ(事件)を見る目の目盛りを少し上に上げ、情にともすれば流されがちな地べたから自分たちの足場を解放して、事象を鳥瞰して語ることである。その解放の度合いがどれくらいか、でこの対談を楽しめるかどうかが決まる。今日は二人ともかなり解放度が高く、いやトバすトバす。近来にない盛り上がりになった。村崎さんが、辻元清美と石坂啓がピースボートの船上で麻薬やってた疑惑(これもネットで流れていた怪情報)のことを言うので、“ピースボートなら麻薬だがグリンピースなら、船上でハリハリ鍋疑惑か”などと話して大笑い。

 終わって一旦家に帰り、各編集部との連絡いくつか。切通さんとのクレしん対談、29日に日延べ。それから渋谷まで傘さして行き、東横線にて代官山。JCMのMくんが、会社設立祝い兼打ち合わせで、代官山のイタ飯屋をおごってくれるという。K子と合流して、M田くんがその店に案内してくれるが、この店は今日同席するゲーム製作会社セブンシーズのM川社長の友人が共同経営している店で、もともとオタクのM田くんはこんな店には縁がなく、雨の中をMくんが道案内して(M川さんは遅参とのこと)行くが、見事に道に迷い、K子が世にも不機嫌そうな顔になる。M田くん、冷汗三斗。電話でM川さんに道を訊き返し、どうにかこうにか辿り着く。迷った原因は、目印である富士銀行の看板が、緑のでなく、白く非常に地味なのに取り替えられていたため。第一勧銀との合併で近く行名が変わるからなのだろうが、とんだところで思わぬ被害をこうむった。仕切り直しで辿り着いたのが『CANOVIANO』というリストランテ。小じゃれた店を想像していたが、小じゃれどころか大じゃれな店であった。かなりの人数を入れられる、きちんとしたレストランである。

 M川さんも到着、まずまず、ということで食事を始める。もともと、イタ飯などというのは食事というよりはファッションと思っているのだが、ここの料理はそうでなく、きちんと“メシ”であるのに感心した。オードブルが三種、マグロとホワイトアスパラ、モツァレラチーズに生ハムとフルーツトマト、ソフトスモークのチキンに松の実。それぞれ軽く味付けをしているが、どれも量がしっかりあって、食べごたえがある。オリーブオイルでマリネして適当にごまかしているエセイタリアンとは違っていた。不機嫌そうにしていたK子の目が急速に柔和になり、言葉も柔らかくなっていく。パンにつけるオリーブオイルが不思議な風味で、バジルかなにかが漬け込んであると思うのだが、口にさわやかな香りが残る。おまけにパンが二種類出たが、そのうちの片方の皮が非常に香ばしく、ナッツのような味わいがあって、このパンとワインだけでメシになるな、と思った。雑談いろいろ。M川さんの奥さんが身長180センチあるという話など。途中でモノマガジンから携帯、ゲラ戻しのことなど。

 料理続く。ここは京野菜がベースのイタリアンという不思議な料理で、稚鮎のグリルには水菜が取り合わされ、和食のようなイメージ。パスタもごく少量のものが二種類で、それぞれ具がカラスミに甘エビ、それとホタルイカという、これまた和風のもの。白身魚のソテーにもたっぷりの野菜が添えられ、昼を抜かしたのは偶然にもせよ正解だった、と思った。M川さんはここでの食事はいつも最後まで食べきれない、と言う。三種類のワインもそれぞれ個性豊かで面白い。M田くんはアレルギー持ちで酒はやれないのだが、最後の赤ワインを飲み、急速に酔っぱらっていた。メインは間鴨のローストだったが、添えられた野菜はさすがに残す。K子がすさまじい健啖家ぶりを発揮、デザートまできれいに平らげた。

 その後、地下にあるバーでグラッパをやりながら、仕事の話。かなり突っ込んだ内容になる。いろいろと話し込んで、12時近くまで。雨の中、タクシーを呼んでくれて、M田くんと相乗りで帰宅。モノマガのゲラをすぐに返し、QJからの電話で図版の件など打ち合わせ。なかなかよく仕事をする一日であった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa