裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

土曜日

需要と狂牛

 だってモツ鍋は食いたいもんなあ。朝7時半起き。寒い寒い。タオルケットから出ている手足がしびれる感じである。朝食はバナナ2本と青豆スープ。部屋のちらかり具合をながめると、掃除もしなけりゃと思うし、しかしそれにかかるには追い込みの原稿がネックになっている。こうしているうちに、どちらも延び延びになって、中途半端になってしまうのである。執筆ペースを抑えて、経済的に現状を維持する方法を考えねばならない。少し計画を練る。K子は今日、会社設立のために税理士さん(井上デザインの経理を担当している人)の事務所に行くそうな。

 ハローミュージックに、置足し分の展示物のキャプションをメール。それから原稿書きにかかる。FAX類をチェックしたら、昨日、携帯電話でゲラチェックしたモノマガジンの原稿に、大ポカがあったのを発見した。映画『ディック・トレーシー』でアル・パチーノがやった“ビッグ・ボーイ・キャプリス”を、“プリティ・ボーイ・フロイド”とツイ、書いてしまった。これは『デリンジャー』に出てくるギャングの名前である。その数日前に『傍役グラフィティ』などを再読したために、筆が滑ってしまったのである。これでちょっと落ち込む。読者はよろしく、そこのところ、読み替えてくだされ。

 聞くところでは、ネットの掲示板のあちこちで、今回のテロに対して不謹慎な意見を述べる者がいると、“犠牲者の痛みがわからないのですか”と叱る奴が続出しているとのことである。痛みがわかることと面白がることは別なのだが、まあこういうことはいくら説明してもわからない(わかろうとしない)者にはわからない。裏モノ会議室にもそう言いたい人間はいるだろうが、なにしろ参加者の中に、実際にあのとき世界貿易センタービルの中にいて命からがら脱出した人がいるんだから(おまけにそれにからめてギャグを書き込んでいるんだから)何も言えまい。ブッシュ大統領は今回の事件の対応を見て改めて自国民を誇りに思ったと演説したが、私も裏者を改めて尊敬したことである。

 スポーツ紙などを読むと明日にも戦争が始まるようなことを言っている。私はまあ今回の紛争は局地的であって世界を巻き込んだ戦争にはつながるまいとふんではいるが、それはどうなるかわからない。言うまでもなく戦争はイヤである。殊に私のような分野のモノカキは戦争になればツブシが効かない。あっという間に職にあぶれ、食に飢え、路傍に人の情けを乞うことになるだろうことは確実である。それを思うと甚だ憂鬱である。……とはいえ、戦争というものは、起こるときは起こる。個人の思惑などがどうあれ、起こる。例え世界中の全ての人間が戦争を忌避しても、国家や政府がそれを望むときには起こる。構成員の意志と集団の意志はパラレルでないからである。これまでの戦争を思っても、まず全部、世界の潮流の中で起こるべくして起こっているものばかりだ。それが起こるべきではないものだって、起こらねばならぬときには起こる。どうしようもない。個人がそこに自分の意志を反映させられると思う、またされるべきだと思い込んだとき、人は往々にして精神のバランスを崩しがちである。人間が生きるということは、世界と自分との関連性のなさを想い、自己の卑小さへの嫌悪を感じ、而してそれらへの諦念と共に自分の道を追い求めることであろう。それを勘違いしたとき、人の行動や思想には傲慢さが生じ、自分が最先端にいるという優越意識とは裏腹に、世界と乖離していく(これに関して私は、『トンデモ本の世界R』で三島由紀夫の『美しい星』にからめて語ったのだが)。さて、今の私にとって大事なのは、世の中がどんな有り様になろうと、ひたすら私の分を守って、裏モノとしての自分を可能な限りまっとうすることだろう。藤原定家が、平治・承久の乱と紛騒が続く世の中にあって、“紅旗征戎わが事にあらず”と歌道に専念したことを想うべきなのだ。

 5時、迎えにきてくれた芝崎くんと、後楽園に向かう。車中、今朝考えた仕事の計画を彼に話し、少しその件について調べてもらうよう頼む。途中の道で、自分の展示をチェックし終えた開田夫妻に出会う。彼らは今夜はロフトプラスワン。ジオポリスの方は土曜ということもあって中々盛況。アベックたちが展示物をノゾキこんで面白がっている。奇食屋台も売店も繁昌のようで、なかなか結構である。加藤礼次朗夫妻が、展示物のチェックをしていろいろ細かく手直しをしている。Aくん、サヨリさんもほっと一息の模様。

 ただしステージはちょっと地味すぎ。講演にそもそも向いているところでない。座席にはちょっと空席が目立つ。それでも40人ほどを相手に、ビデオなど見せながら一時間。アベックに受けていたのが意外。終わったあと、すぐ、鶴岡なども加えてダメを出す。ステージがノッペラボウでさみしいということ、バックを一色でなくすること、テーブルをも少し前に出すこと、など。

 FKJさんと新宿まで出てK子と待ち合わせ、東口に新しく出来た蕎麦屋兼居酒屋で食事。まあ、まずくはなかったのだが、京風でものたりず。〆メの蕎麦はよして、参宮橋に行き、道楽でラーメン食べる。K子は税理士さんと意気投合して、いろいろカルチャーセンターなどをやる計画まで立てている。いったん家に帰り、ロフトへ行くというFKJさんを代々木でおろして、帰宅。

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