裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

土曜日

イングマール・新井満

 タイトルに意味はない。朝7時起床。空は雲が多いが空気はさわやかで、やっと気圧地獄から開放。なんで気圧でそんなにも体調が左右されるのか、私にも実はくわしいリクツはわからない。新田次郎の『梅雨将軍信長』や講談社現代新書の『気象で読む身体』などを見ると、昔から人間は気圧に体調や人生までをも左右されていたことがわかるが、こればかりは実体験のない人にはわかってもらえない。朝食、バタロールにカキフライをはさんで。新宿歌舞伎町のビル火災で44人焼死という大惨事。あれ、喫茶上高地だ、あれ、とんかつのにいむらだ、と、現場中継におなじみの店が映るのはヘンなもの。救出される人の顔は映らないが、ススによごれたルーズソックスが見える。『スーパールーズ』というキャバクラの店員だろう。確かこの下には看護婦プレイの店があったはず、と思う(『セクハラクリニック』という店)。犠牲者にはお気の毒と心から思うも、この店名でだいぶ世間の同情心は薄れることであろう。

 鶴岡から“生きてます”との電話。こんなボッタクリの店にこいつのような貧乏人が行っているとは思わない。“講談社のIさん、大丈夫ですかねえ”と、同じことを考えている(彼は大の風俗マニアである)。あの麻雀店は蛭子能収さんがパクられた店ではなかったか、という話。爆発があったということだが、何が爆発したのか、まさか全自動麻雀卓が爆発したんではあるまい、などと話す。
「『哭きの竜』で一回、爆発してましたからねえ」

 不思議なもので、人間、こういういかにも危険な雑居ビルで飲んだり遊んだりするのが好きである。非常階段が荷物で塞がれているのを見て、“ここ、火事になったら絶対助からないよな、オレタチ”などと言い合うと、イヒヒヒとヒステリックな笑いが込み上げ、大いに盛り上がったりする。心理的に、欲望の開放と死の恐怖が隣り合わせ、というよりは“同じもの”だからだろう。本能が一斉に解き放たれる感覚が神経を刺激するので、その刺激の原因が何であるかにより、そのときの感覚の表現が喜悦と戦慄に言い換えられるというだけの違いに過ぎない。ホラー映画の本当にコワいの(『悪魔のいけにえ』など)を見ると、怖さが裏返って笑い出してしまうのもこれを裏付けている。歌舞伎町のような場所で、あまり安全確保を考えている店というのは流行らないのではないだろうか。

 午前中、ずっと編集者生死不明(もう行ったことにされている)のWeb現代。1時過ぎにこれをアゲ、新宿へ出る。伊勢丹裏のとんかつ『王ろじ』でとん丼。ここの丼も、皿と丼が一体になった(旧ベトナムラーメンと同じ)奇妙なもの。こういうデザインが流行ったことがあったのか? 食べて、ビデオマーケットに行き、いろいろ買い物。トラッシュポップフェスティバルのチラシを置いてくれているのだが、もうほとんど無くなっているそうである。有難し。棚を散策、ひと荷物買い込む。最近この店、カルト度が急激に高まっている気がする。フツーの作品を買おうとしても置いてないのである。

 フツーの作品も欲しかったので、中村屋わきのツタヤへ行き、DVD数枚。ヨイコラショと荷物を両手にブラ下げて帰宅。恵贈書いろいろ。時事通信社から書評用の本も届いている。そうか、こないだ深夜にかかった電話をとって、何か仕事の打ち合わせをしたはずなのだが、寝ぼけていて翌朝、なんだったかさっぱり思い出せなかったが、これだった、と膝を叩く。

 明日の本多夫人をお招きしてのロフト用に、ビデオを編集する。本多猪四郎演出の『緊急連絡10−4−10−10』、小人のマーチャンがアブナい限りのメークで宇宙人を演じている回、改めて見るといっそシュールですらある。宇宙人がスコップみたいな槍で人を刺し殺すという設定がそもそも。で、地球人側が重力調節光線などというものを使うのである。逆だろうが。

 仕事続きちょっと。母から電話。いろいろ雑談。豪貴の実母の家にあった仏壇を、実母が親戚のところだかに送ってしまったら、しばらくして別の仏壇を預からねばならないハメになったという話で、豪貴が一言“仏壇去ってまた仏壇”。この日記に感染したか? 8時半、K子帰宅。西武デパートが改装されたそうで、チェックして回りクタビレタとのこと。鴨湯豆腐に鮎飯といういつものパターンだが、味はまずまずである。『コンテンツファンド』のビデオを見る。あと、DVDで『キングコング』を。コングが土人を踏みつぶしたり、フェイ・レイの服をはいでそれをクンクン嗅ぐなどの、当時カットされたシーンが復元されている。それはそれとして、冒頭に入っている淀長さんの解説、これが記憶違いなことをいろいろしゃべっているのだが、もう誰もこの頃には注意したりする人がいなくなっていたんだろう。オタク的にはいらだつが、まあ、確かにキングコングはどのようにして撮影されたかについて、誤った情報がこれで流れたとして、一般人は誰も困らない。マニアはちゃんと資料を調べる だろうし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa