裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

日曜日

ヘイ・ポーラ、ヘイ・ポーラ、もひとつヘイ・ポーラ

 ポール&ポーラ、モスクワで歌う。朝8時起床。朝食、トマト3/4と(1/4はK子のオムレツに入れる)豆スープ。どこのテレビ局も歌舞伎町の火事。昨日、買い物ついでに現場を野次馬してきたのだが、外からはほとんど被害がわからない。窓の数などが極端に少なかったため、内部がもう、オーブンのようになっていたのだと思われる。道ばたにテント仮設用の土嚢が転がっていたのを見た女の子が、“えっ、これに死体が入っているの?”。人だかりをかきわけるようにして板前らしいおじさんが“邪魔なんだよ。商売にならねえんだよ。歌舞伎町でこんなことくらいで騒いでいちゃ、やってけねえよ”。人の声、いろいろ。コレハヒドイ、と笑ったのが某裏モノメンバーの言で、“隣が焼肉食べ放題というのがなんとも”。

 生死不明だったIくんからメール。田舎の両親からも“おまえ、大丈夫かい”と電話があったそうな。親にまで風俗好きが知れ渡っておるのか。読売新聞書評欄、今日はずいぶんと硬い文章ばかりで、誌面が黒い(漢字率が高い)。すでにこの欄は一般家庭人に読書欲をかきたてることを放棄しているがごとくである。それは取り上げる本の値段をみても解る。東浩紀氏の書評する『暗号解読』が2600円、金森修氏の取り上げた『水俣病の科学』3300円、福原義春氏の書評による『芸術受容の近代的パラダイム』が3500円、山本博文氏の紹介する『敗北を抱きしめて』は上下巻あわせると4400円。私のような、本代に収入の大半を使う人間ならともかく、子供二人もって家のローン支払っている、いまの日本を本当に根底で支えてがんばっているお父さんたちが小遣いで気軽に買える値段ではない。本を読むのが職業の、大学勤めの人たちだけに向けてこの欄は編集されているわけではあるまい。もう少し、読者が気軽に書店で手にとれる本を、一般紙の書評欄というのは取り上げてくれるべきではあるまいか。中で上田紀行氏ひとりのみが今回も“日常語”で書評してくれている。取り上げている本(『ザ・フィリピン・パブ』)の値段も1600円と、今回の書評書の中で一番廉価。

 ビデオ編集。今日のトーク、話がどこにいくかわからないので、一応、いろいろ用意する。山本嘉次郎監督の『馬』か『加藤隼戦闘隊』のビデオが欲しいと思い、昨日ビデオ屋をいろいろ回ったのだが、今はちょうどビデオからDVDへの主力商品の転換期にあたり、ああいう古い名画のようなものはほとんど在庫が引き上げられていて見つからない。そのくせ、新東宝の中川信夫監督作品や、『女体渦巻地帯』『海女の化物屋敷』『憲兵と幽霊』なんてゲテものは、マニア向けにいっぱい店頭に並んでいる。過渡期の現象だろうが、オモシロイ。昼は昨日の鍋の残り汁にゴハンをぶち込んでかき込む。

 ロフトの斎藤さんと開田さんが本多夫人をお迎えに行って、半ごろに店に到着という予定なので、2時に店へ行く。まだ誰もいない。トラッシュフェスのチラシを置いてくれるよう頼んで、ちょっと外へ出て、またぞろ火事場見物し、紀伊国屋へ寄る。そしたら、安売りで黒澤明監督(本多猪四郎監督補佐)の『夢』のビデオが980エンで売っていた。この中の、トンネルで寺尾聡の中隊長が、戦死させた自分の部下たちの亡霊と出会うシーンを今日、上映したい(本多演出と戦争体験のつながりを語っていただく際に)と思っていて、やはりビデオが見つからないで諦めていたものだったのである。あわてて購入する。これは今日のトークに幸先がよろしい。

 本日のゲスト、急遽手塚昌明監督もスケジュールが空いたとのことで参加してくれることになり、非常に豪華となる。梶田監督、相変わらずお元気だがトイレがお近いようで、ちょっと気になった。本多夫人、相変わらず。スタッフ全員起立で出迎え。そして黒澤プロダクションの熊田雅彦氏、気取らない洒脱な人。開田さんも心無しか緊張の面持ち。みなさん、“たくさんお客が来てますねえ!”と驚いている。中程度の入りなのだが、熱気が凄い。何やら映画論を戦わせているフンイキの人たちもいていつもの私のトークの人の悪い客層とは別らしい(まあ、と学会のS氏やFKJ氏などという常連もいるけど)。

 3時トーク開始。斎藤さんの“非難口はあっちです”というツカミに場内爆笑。それから開田さん、私の二人が壇上でちょっとしゃべり、本多夫人をお呼びする。壇上でしゃべるのは当然ながら不馴れでいらして、最初はちょっととまどい気味でいらしたが、そこはソレ、ものおじしない性格でいらっしゃる。だんだん調子が出てきて、イノさん(本多監督)、クロさん(黒澤明監督)、センちゃん(谷口千吉監督)、ヤマさん(山本嘉次郎監督)などのエピソードがポンポン。いくつか話の方向性をリードするが、ほとんど独壇場でお話してくださる。驚いたのは休息時間に私に“あのことももっと話そうと思ったけど、こういう壇上でしゃべると話がつい、大きくなりがちだから、あっさり流しちゃった。ごめんなさいね”などと、ちゃぁんと大勢を前のトーク構成を考えておしゃべりになっていること。85歳でこの聡明さは凄い。

 第一部は本多夫人と梶田監督のお二人にしゃべっていただき、二十分ほどおいて、熊田さん、手塚さんにも上がっていただく。観客の反応が実に適格で、しかもみんな背筋をのばして、きちんと全員壇上を向いている。おまけに注文を、壇上のトークに遠慮してそっと行っている。ロフトとは思えないと言ってもいいくらいだ。あまり行儀がよすぎて、退屈しているのかと思い、ときおりジョークを探り針で入れてみるとこっちにもちゃんと反応する。も少しリラックスしてくれてもいいのだが。熊田さんがよくトークをひっぱってくれて、後半は楽になる。とはいえ、これだけのメンバーにまんべんなく話をしていただくその分配に気をつかい、かなり神経はトンガった。壇上では酔えないのでずっとウーロン茶だったが、夫人はずっとビール。梶田監督は水割りで、かなり途中から酔いが回っていた様子。

『夢』のビデオは大成功。熊田さんによるとあのシーンはやはり本多監督が、軍隊式の行進の仕方、敬礼その他のやり方、上官の号令の発声まで、一ヶ月以上かけて訓練したものだったという。本多夫人“この場面は見るたびに背筋に冷たいものが走る”とおっしゃり、梶田監督は“本多さんの仕込みもいいが、寺尾聡もよく隊長の号令をマスターしましたね。人を動かすのに、口だけで声を出していては動くものじゃないんです。全霊から出る号令でなければ、兵は死地に突撃してくれません。本多さんでなければあれは教えられない号令です”と証言してくださる。今日のトーク、観客のみなさんに“内容はネットに書くな”と頼んだ手前、詳しく書けないのが残念だが、この言をひろえただけで、私的には満足であった(終了後、知り合いたちから“いつもの唐沢サンとは思えないほど真面目だった、と言われる。かなりトバしすぎたかと心配だったのだが、普段のトークがトークということだったのであろう)。あとで聞いたら、興奮のあまり“今日こなかったやつ、馬鹿だよな!”とトイレで叫んでいる若い二人連れがいたとやら。そこまで感動してくれれば、天国の本多監督もご満足ならん。人それぞれ、何が語るに値する、聞くに値することかは別れるだろうが、時代の証言を一個々々、こうして聞いて記録していくことが、結局、自分たちを成り立たせている歴史を認識して、最終的に自分と、自分の今生きている世界のアイデンティティを再確認することにつながると信ずる。

 なぜ今日のトークを4時開始にしたかというと、ご高齢のきみ夫人をあまり長時間のトークで疲れさせてはいけないという開田さん斎藤さんの配慮だったが、終わってみれば何のとこはない、9時半。いつものトーク(7時から11時まで)より1時間半も長く壇上に夫人をあげっぱなしであった。しかもそれから、区役所前の、知り合いの九州バーでもって打ち上げ。たまたまカウンターのお隣に席がきて、顔を間近に寄せていろいろとお話していただいた。バーの女将が“そろそろビールやめてお茶にしますか?”と言ったら“いやあ、もうちょっとビール飲みたぁい”などとオッシャル。いやはや、これはかないません。麦焼酎のロックが体に染み渡ったが、ちょっと大きな提言を夫人がしてくださる。形になるかどうかわからないが、意義あることではあるかもしれない。

・本日の反省。も少し細かくダンドリを組むべきであった。いつもはどこへトンでいくかがわからぬのがロフトの魅力なのだが、こういうゲストの場合にはシナリオをきちんと練るべし。司会がどこへ話をもっていこうとしているのかわからないと、ゲストも不安であろう。熊田さんなどがやや混乱されたかもしれない。あと、マイクの使い方を初めての人には徹底させること。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa