裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

水曜日

硬直一代男

 オナゴ見て硬くならんようになったらオトコも終わりや。朝、7時起き。すでにこの時点で貿易センタービル倒壊の場面、見飽き。“またライブフィルム使い回して”と、後期昭和ゴジラシリーズ見ていた当時のような感覚に陥る。朝食は昨日の昼のあまりのカツをマフィンにはさんでカツサンド。パティオ等で情報収集。とにかく、あれほどバカでかいビルがたった二回のカミカゼ攻撃であまりにもあっけなく倒壊して しまったことが不思議で、建築関係のサイトなどまわる。
http://www.johos.com/joho/report/0001.htm
 などでわかったけど、そもそも日本の免震構造のビルとアメリカのソレとは最初から作り方が違うのであった。日本のビルはアメリカのように、ああきれいにグシャッとは崩れないのである。しかし、地震のない国というのはホント、簡単な構造でビルを建てられてしまうのだなあ、と思う。……これは、アメリカにおいてゴジラのような、“巨大な怪物がビル街を破壊する”映画があまり作られない、作られてもヒットしない、ひとつの文化的要因につながるのではないか、とちょっと考えた。ミニチュアで、あのように垂直に崩れるビルを作るのはめんどくさいはずだ。また、映像的にも映えにくいだろう。

 朝10時半、東武ホテルで青林工藝舎手塚さんと(本当は担当編集なのだからTさんと書かねばいかんのだろうが)待ち合わせ、『アリエス』の図版を受け渡しする。原稿は、一部差し換え(書庫の中でどこにいったかわからなくなっていた『性生活報告』が見つかった)予定なので、昼過ぎにメールしますから、と伝える。で、後の話はずっとニューヨークのテロ。今日はどこの編集部も仕事にならんだろうなあ。建物つながりで、末井さんが新しく作った会社の社屋(宮崎学氏が貸した)の話を聞く。いや、これが凄まじいナンセンスで、笑う笑う。水木しげるや長井勝一の時代ならともかく、21世紀の日本にソンなデタラメな話があるとは思わなかった。

 帰ってさっそく原稿を、と思ったが、雑用多々でなかなか書き出せず。おまけに電話ひんぴん。編集部との打ち合わせでも、必ずテロの話が出る。一様に“見た、見たあ〜?”状態である。テレビもつけっぱなし。出てくるテロ評論家、軍事評論家、災害評論家たちの顔の一様にオタク顔なこと。みんな喜々としている。ビルに突っ込んだ飛行機の映像に、“もう少し下を狙った方がベストでしたね”などと評論してたのもいる。朝日の田岡さんも、何か極めてウレシそうな顔だ(まあ、この人はもともと緊張感ない顔なのだが)。心ある人はこういう連中を見て“多くの人命が失われたというのに、悦んでいるとは何という不謹慎な”と思うかもしれないが、人間、自分の専門領域でコトが起これば、興奮して、喜々とも見える精神状態になるのはこれはアタリマエのことである。そうでなければ専門家とは言えない、というかそもそも専門家にはなれない。事件を分析・解明・解説するのが彼らの仕事で、人命を思ってオロオロし、涙し、混乱していては役にたたない。よき医師はどんなひどい状態の病人に対しても冷静に対処するだろうし、よき刑事は残虐きわまる事件現場に足を踏み入れても顔色ひとつ変えず、むしろ犯人との闘争意欲をかきたてるタイプでないといけないだろう。こういうときに人の立場になって共に悲嘆にくれるような“いい人”はむしろ邪魔、なのである。

 鶴岡から電話。せっかく復帰した2ちゃんねるの世界情勢板が、昨日の晩またアクセス超過で吹っ飛んだそうである。思いがけない被害がここにも。あと、これから怪獣映画やパニック映画作る人が大変だろうなあ、あの映像と比べられちゃうんだもんね、と話す。とにかく、私やこいつなどは全てのことについて“正論吐いてはいけない”キャラクターなので(そんな奴らは他にいくらもいる)、ここまでスケールの大きい事件にどう対処すればいいのか、その対応を話し合う。そういう意味で言えば、事件が起こってからの裏モノ会議室で伸びているツリーが、いかにも裏モノという視点で、非常に頼もしい。さすがである。

 手塚さんから何度も催促の電話がかかるが、とにかくあれやこれやでナオシが手につかない。JCMのMくんと打ち合わせ。ネット配信事業の契約書取り交わし、及び新事業への協力依頼の件であるが、話は結局、またまたテロへ。彼の会社は芝の、羽田の旅客機発着が一望できるビルの最上階にある。あの事件の恐怖がバーチャルに体験できる環境である。“さすがにゆうべは怖くて寝られませんでした”とのこと。朝日新聞社に勤めるKさんとか、講談社のIくんとか、やはり高いビルに奉職している人は恐怖感をリアルに感じとれるかもしれない。私の住居は、隣のアムウェイビルがヤケになった被害者がセスナなどで突っ込んできたら、まきぞえで被害を被るかもしれないな。

 帰宅し、今度こそ、という感じでやっとナオシ入れてアリエス原稿、入れる。ホッと一息。沖縄の中笈さんから電話、もう当然、話はテロのこと。ムスリム狩りがこれからアメリカで始まるんじゃないか、というようなことを言っていた。ニュースでも流れていたが、あの、バンザーイと喜色満面なパレスチナのイスラム教徒たちの画像は、かなりアメリカ人たちの怒りをかうだろう。しかしあれ、インチキ映像(お祭りのときの映像を流していたのでは)という説もある。まあ、どっちもどっちという感じだね、そうなると。

 8時、腰をあげてソバ屋『花菜』へ。ちょうど仕事終えた板前の嶋ちゃんと少し話す。井崎脩五郎さんがここの常連だそうな。NHKラジオの番組にレギュラー持っていて、始まる前にここでイッパイやって、それから終わって、今度はスタッフや出演者たちと飲みにくるという。井崎さんとは知り合いだよ、と言ったら驚いていた。今度来たら名刺渡しておいて、とK子、自分の名刺に“ブラックの女王様”と書いて渡す。嶋ちゃん、“女房に見られたらまずい書き込みだなあ”。客の8割がNHK人種であるこの店、やはり今日はガラガラ。昨日は満席だったのが、事件報道が始まったとたん、客がガタッと減ったそうだ。

 某官能パティオでもこの話題、もちきり。某官能作家さんの意見。“われわれはポルノ作家なのだから、こういうときでもポルノを書き続けるべきではないか”確かにテロに対する一般市民のもっとも有効な対応は、“普段と変わりない生活を続けること”であろう。さすが、という意見である。これこそプロ。さはさりながら、これだけの事件で興奮しないのは裸の女の前に出ても立たない男みたいなもんで、それもやはり情けないと思える。ポルノ作家ばかりでない、ミステリ系もSFも、今日ばかりは密室トリックがどうのとかタイムパラドックスがこうのとかいう話でなく、WTCビル倒壊の話でもちきりだったはず。やはり友人同士、デマ交換の楽しさに身をひたすのがもっとも普通の反応なんではないか、という気もする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa