裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

金曜日

さらば知世

 ホイチョイの映画までだったかねえ。朝、7時半起き。朝食ピタパンサンドに甘くない桃。メール数通。2ちゃんねるで新たに東浩紀悪口スレッドが立って、それが私の仕業だろうと勝手に推察して恫喝していた人がいた。ファンまで単純な思考の持主が多いと見えますな。光文社ゲラチェック、FAXにて返送。

 泉麻人『僕の昭和歌謡曲史』パラパラ読む。昨日、時間割で講談社のIくんと打ち合わせの後、Iくんがレジで“「講談社」で領収書お願いします”と言ったら、マスターが“講談社の方ですか? なら、泉麻人さんの担当さんに、「時間割はなくなってないぞ!」と言っておいてください”と半ばマジで言う。この本の中に、昔、泉氏がよく通っていた喫茶店の名前として、一戸建てだったころのこの時間割のことが書いてあり、“いまや公園通りに「時間割」はなく、道往く人の姿も変わった”と書いてあるのだそうだ。“まだ店はちゃんとあるんですから”と、笑いながらマスターはフンガイしていた。買って読んだとき、そこは読み飛ばしていたか記憶に無かったので、探してみたら、『学生街の喫茶店』の項目にあった。当時はアーリー・アメリカン調の店で、麻田奈美のヌード・ポスターなどが貼ってあるような店内だったそうである(現在は落ち着いたビジネス打ち合わせ喫茶のおもむき)。そりゃ、なくなったと思うのも無理ない変わりようかもしれぬ。Iくんは私の日記によく“時間割で打ち合わせ”とあるのを、店名と思わず“スケジュール通りに”という意味だと思っていたそうである。

 手持ちのビデオからSF大会用ネタをダビング編集。4時半、家を出て相模大野まで1時間。焼肉『八起』でSF大会便乗企画『カルト寄席』。店の表に立川志加吾が描いた私の似顔絵がある。帽子とメガネこそ描いてあるが、目玉のウズマキとかネクタイとか、記号化されていない絵だと、何かもうすでに私とは思えないのが不思議。八起は家元談志はじめ、多くの落語家に場所を提供している店で、落語協会、芸術協会、円楽党、立川流と、四派全てが出演しているという、落語界の事情を知っている者にとってはスゴいところである。客と出演者三々五々集まって、三十人以上が狭い店内に詰め込まれる(机などを取り払って落語会オンリーにすると五十人以上入れるのだが、今回は焼肉付きなのだ)。映画評論家の水民玉蘭さんなども来てくれた。他にトリケラ氏、野火助氏、見えない世代氏など裏モノ系の顔。かなり暑い中、開幕。開口一番が志加吾、それから談之助、神田陽司、快楽亭。みんなハリきってフルに大ネタをかけるので時間がオし、私のビデオトークは焼肉を喰いながら、ということにする。八起の肉は刺身でそのまま食べられる、という肉でムチャクチャにうまく、K 子が“昨日の焼肉が焼肉と思えない〜!”と驚いていた。

 快楽亭から立川流前座の現在の悲劇的かつ喜劇的状況についていろいろ聞く(説明しておくと、立川流の規則である家元への上納金制度、それをこれまでは事務所が統括して集めていたのだが、談志が事務所を切って、自分でチェックすることにしたところ、滞納どころか、なんと入門してから一回も納めていない者までいるのが発覚した。『らくだ』の大家のセリフじゃないが、“どんな悪党だってハナの一回くらいは払うんだ”である。激怒した家元、滞納者に二倍増しのペナルティを課し、8月末までに未納のものはクビ、と言い渡した。前座で無傷だったのはその寸前に『風とマンダラ』の印税が入り、なんとかギリギリセーフで滞納分を収めた志加吾だけ)。金がからむとシャレですまない家元のこと(これには私も芸能プロダクション時代散々泣かされた)、前座・二つ目はパニックに陥り、あわてて独演会を開いてカンパを集める者、親に泣きついてなんとか金を作ったもの、早々と別の師匠のところにワタリをつけた者、ただ呆然となすすべもなく最後の審判を待っている者、“あんな師匠は師匠じゃない”と怒って廃業を決心したものなど、人間ドラマが浮き彫りである。こう言っては悪いが、圓丈さんの圓生師匠『御乱心』騒動のときと同様、ハタから見ていると興味津々、面白いったらない。それでもまあ、一応“可哀そうですねえ”と言うと快楽亭もノスケさんも口を揃えて、
「なぁに、弟子になっておきながらテメエの師匠の人格も把握できないのがバカなんです」
 と一刀両断。そらそうだよなあ、家元がどんなに金にうるさいか、兄弟子たちから耳にタコが出来るほど聞かされているだろうしなあ。そう言えば、因業大家に江戸っ子の棟梁の義憤が爆発した、という従来の『大工調べ』の演出に、“あれはハネっかえりがただタンカを並べたかったというだけの話で、どう考えたって家賃を払わねえ方が悪い”という目の覚めるような新解釈をしたのは、若き日の談志である。この話をちゃんと聞いていればよかったのに。

 11時、解散。八起の奥さんにとってもらった、駅前のホテルに投宿。明日のSF大会本番に備える。さすがに全身が焼肉の煙でベトベトになっていたので、シャワーのみ浴びて就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa