裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

水曜日

軽度鬱症

 朝7時半起床。朝食、スープ、トマトとシーフードのサラダ。全身倦怠感あり、何もする気力がない。ずっと打ち合わせほったらかしていた単行本、A社のK氏にメールするが、氏も年末でスケジュール押していて合わず。そうなると、困ったというより、よし、この仕事は来年まで延びた、と喜んでしまう。仕事が延びて喜ぶのは悪いクセである。しかしF出版のものなど、この数日で片付けねばならず、いろいろ急務あり。明日のSRL公演とふくしま先生の忘年会、残念ながら欠席と決める。土曜にはTV録りもあり、その翌日はコミケ、それからトンデモ落語会と続く。結膜炎もこれ以上悪くできない。

 10時、掃除のおばさん来て部屋片付け。私も仕事場の本など、ちょっと整理。ほんのちょっとの整理で通路が出来て歩きやすくなるにもかかわらず、こういうときでないとかがんで落ちている紙を拾うことも滅多にしない。これだからすべって転んで骨を折るのである。

 資料用に読まねばならぬ本もたくさんあるのだが、こういうときには何故か関係ない本を手にとってしまう。力道山関係の本が何冊か積み上げられているのを整理したときに発見し、いくつか読みふける。おかげで日本プロレス草創史にだいぶくわしくなったが、ナンの役にも立たない。

 昼は渋谷センター街で桂花ラーメン。食べて家へ帰ると、工事のため停電。エレベーターなしで4階まで上がるのもタイギなので、もう一度公園通りに出て、いくつかビデオショップなど回る。

 帰ってようやく仕事に手をつけはじめ、G舎レディース突っ込み本の前書きと各編解説。電話がほとんど一分おきくらいに各社からかかる。映画批評本の原稿の依頼、クリスマス明け〆切原稿の確認、その他もろもろ。なんとなく先が見えてきたような感じがして、ひと安堵。

 昨日から、軽い鬱である。そのせいかも知れないが、これは引用資料として書棚から引っ張り出して拾い読みした岡田斗司夫『僕たちの洗脳社会』が、漫談のような語り口に反して、非常なペシミズム、ニヒリズムに満ちた発想から成っていることを改めて確認した。オタク文化を語るとき、それがペシミズムとニヒリズムを根底にしていることを無視しては扱いをあやまるであろうし、逆に、そこに着眼することで、岡田さんや私などを代表とする(らしい)オタクたちの多くが自らの道化性にこだわる理由もわかってくるだろう。筒井康隆の『短編小説講義』に、ニヒリズムと道化性をあわせもった作家、マーク・トゥエインのことを当時の文壇が“時代の無知に便乗し、無知を売り物にした”という批判を加えていたというくだりがあるが、そう言えば岡田斗司夫批判をしている人たちってのも、みな、似たようなことを言いますな。

 G舎原稿、まえがき、あとがき、各編解説をだだだだとアゲて、装丁の井上デザインにメール。確認したところ、メールを開けてないので、たぶん今日はもう帰ってしまったらしい、と判断、K子とメシ食いに出る。「船山」で軽いコース。イカとクルミの掻き揚げ、軽くておしゃれでおいしいが、いかにもHanako好みっぽすぎるような気がする。

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