裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

金曜日

足の裏より・・・・・・

 マッサージというのはあれ本当に肩凝りに効果があるのか、疑問なところもあるのだが、熟睡はできるようで、今朝はいつもより一時間も寝坊した。スケジュールが朝からつまっているのに困ったことである。朝食、岩魚のスモークを使ったサラダ、リンゴ。岩魚(自家製スモーク)もリンゴも長野から贈られたもの。寝惚けたか、昨日寿司屋でいなり寿司もらって来たにもかかわらず、弁当を作ってしまった。各局ワイドショー、雅子さま妊娠の“徴候”というだけで大騒ぎ。新聞の見出しをチェック。朝日が「懐妊」、読売が「ご懐妊」と、ハッキリ分かれる。裏モノの某氏が今年のあたまに作った『だんご三兄弟』の、書くだにヤバい替え歌が頭の中でリフレイン。

 月曜から神戸なので、いろいろ打ち合わせやインタビュー予定が重なり、今日は三件もこなさねばならない。11時、E社Kくん、『裏モノの神様』見本刷り五冊持参。まだいつもの喫茶店「時間割」開いてないので東武ホテルで。井上デザインらしい、情報量たっぷりのニギヤカな装丁である。版形もコンパクトでおしゃれであり、カン違いしてクリスマスやお正月のプレゼントにいい、などと思って買う奴がいないとも限らず、結構な感じ(まさかナカミ読んで呆れて返してくるようなのもいやすまいから、売ったもの勝ちである)。ポップ立てる書店のために、著者自作のコピーを三つほど作らされる。カミサマという言葉が書名に入っているので宗教ネタで、“足の裏よりモノの裏”“これが定説”“上祐出所記念出版”。最後のにはさすがに(ウソ)と入れた。怒り出すバカがいるかもしれない。

 家に帰り、昼飯代わりにいなり寿司五ツ。出版契約書ふたつばかり(G書房、それからT社の文庫)書いて出す。それから常用のビタミン剤持って、1時「時間割」。日経ヘルスインタビュー。クスリ前に置きながら、ビタミン剤サプリメントについて話す。聞き役のライターの女性が陽気なキャラで楽しく話せた。編集者が、話の中の健康管理のアイデアに興味を持ち、今度別件で連絡したいと言ってくる。私のような不健康人間が健康管理について語るのはおこがましいが、なに、不健康でなければ健康のことなどわからない。

 銀行に寄り、雑用二、三済ませて家に帰ったら、官能倶楽部メンバーでこの春に亡くなった矢切隆之氏の追悼文集が送られていた。二十代から三十代、『文藝』で嘱望された純文学の徒であり、数冊の作品集も出版したあと、四十代から官能小説に転じて人気作家となった矢切氏に対し、ジュンブンガクの仲間からの風当たりは強かったらしい。すでに官能作家となって十五年以上たってなお、しかも旅先で、
「吉本隆明に師事した者が官能小説を書いているとは何事だ。殺してやりたい」
 と言われた、という話がこの文集の中にある。矢切氏のそのときの心境を思いやることとは別に、いかにもアマチュア的なその物言いに笑ってしまう。今や文学が官能小説に学ぼうとしているこの時代に。

 文集贈ってくれた藍川京さんに礼状書く。矢切さんを悼む気持ちと同時に、その死をまるでわれわれのせいにするような勝手な説教をブチあげ、官能倶楽部に後足で砂をかけて去っていった館淳一氏への怒りもあらためてフツフツ湧いてくる。あのときはその態度に呆れ返って血圧が上がったものだ。

 とって返してまた「時間割」(ここをほとんど応接間代わりにしているのである)で、M社Tくん。来年刊行のカルチャー本の、基調原稿用のディクテーション。簡単なメモをもとにだだだだ、と1時間半ほど話す。内容はまだ企業秘密だが、密度はかなり濃いものになるはず。Tくん、“そのまま原稿になるようなしゃべりですね”と感心するが、これでテープ起こししてみると、あっちにつまづきこっちに転び、論旨がどんどん線路をはずれ、という感じになる。意識してしゃべってすらこうなのだから、ふだんの雑談というのがいかにマトマリのないものかとつくづく思う。

 喫茶店出た足で買い物し、帰宅して夕食作り。ラジオでタモリが東北のリスナーからの葉書を読んでいた。“わたしの田舎ではいま、冬支度の真っ最中で、御菜洗いにどこの家も余念がなく・・・・・・”聞いていて、おやおや、これは彼の初期のネタ「昼のいこい」そのままではないか、と思う。さすがに、読み終わったあと、アシスタントの女の子の“御菜”って何ですか、という問いに“ナッパのことよ。知らない? 煮て食べるんだよ、若い子はみんな”“若い子がですか”“そう、御菜煮といってね”と、ギャグにしてオトしていたが、壮時のタモリの、こういう歳時記的な投書の存在そのものに突っ込みを入れていた頃に比べ、いまさらながらそのセンスの切先が鈍磨したことにある種の感慨を覚える。鈍磨した(させた)からこそ、タモリは、ここまでメジャーになれたのである。センスが鋭いままだったなら、いまだに彼は地下芸人だろう。先端的ファンは芸人に、地下芸人のままであることを期待する。売れようと思うなら才能ある者は、常にその先端のファン(たいていの場合第一発見者)を切って捨てなくてはならないのである。難しいところだ。

 9時、夕食。羊肉のシャシュリーク風。皿の上にローズマリー(羊肉につきものの香草)を敷き、その上に焼けた肉や野菜を置くと、一気にボルガ的雰囲気。それにダイコンとアブラゲの煮物。なんという取り合わせだ。LDで「おにいさまへ・・・・・・」ずんずん見る。サン・ジュストさまというのは単なるヤク中の精神病者に思える。あと、ひさしぶりにモンティ・パイソン。“まあ〜、こちらお上品な口ぶりね、グランド・ピアノォをおひきになるの? 午後のお茶?”などという上流階級逆差別ネタ、『おにいさまへ・・・・・・』の後だけに笑える、笑える。ズブロッカ3バイ。寝ようとして寝室に行ったら、先に寝ていた女房がベッドの毛布、自分のところだけ直し、私のはグチャグチャのまま。一瞬、夫婦別れを考える。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa