裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

火曜日

都のサイボーグ、早稲田の杜に

早稲田大学人体改造研究室。

※仙台から大阪〜京都行き、祝園のATR取材

ホテルで8時15分起き、入浴、ネット。9時半朝食、一階のロイホで。和定食(790円)を食べる。納豆、サワラ味噌漬け焼き、ヤキノリ、長茄子漬けと笹カマ。外人客が四苦八苦して同じ和定食を食べていた。

10時半、ホテル出て空港までタクシー。話し好きな運転手さんで、私がいた頃の仙台との変わったポイントをいろいろ聞く。空港まで高速道路が通って、これが一番の変化か。昔は田んぼの中の道路を走っていた。最初に来たとき、これで
「ひどい田舎に来てしまった」
と絶望したものである。この高速を使っての飛行機客輸送はいま、仙台のタクシーのドル箱だが、来年、空港への第三セクター鉄道が開通して、15分で仙台中央部と空港を結ぶことになるので、もうダメだろうとのこと。それにしても、今日は好天気で、朝の光の中を走るのが実に気持ちいい。

30分ほどで着。料金は都内〜羽田とほぼ同じくらい。空港も、私の在仙台の頃は入り口から入ってすぐ搭乗口、みたいなちっぽけな空港だったが立派になっている。歩いていたら係員の女性に
「何か私どもで手助けが必要でしょうか?」
と訊ねられる。健常人の体力の無さを普段バカにしている私だが、しかし外見はやはり障害者なのだな、と、こういうところで気づかされてめげる。

アイベックスの、50人乗り小型旅客機(CRJー100)に乗り込む。頭がつかえそうな小さい機体だが、シートは革張りで立派なもの。12時ちょうど発、1時35分大阪・伊丹空港着。モノレール使うか地下鉄か、と思って空港ビルを出たら目の前に京都行きリムジンバスがあったので乗り込む。これで約一時間で京都。駅からタクシーで京都全日空ホテル。通販生活の方でもっと駅に近いホテルをとろうとしたのだが、紅葉の季節でホテルがどこも満員の状況らしい。

全日空ホテル、札幌や大阪のチェーンのホテルを知っているので、高級ビジネスホテルといったものかな、と思っていたら女性従業員がみんな和服姿の、観光ホテルぽいところ。ここでもツイン部屋をとってくれていて、広々として気分よし。まだ昼食とっていなかったので、レストランでシーフードカレー。

部屋でサイゾーの対談ゲラチェックをやって(前後編になっていたとは知らなかった。それに担当さんから電話で、オアソビでしゃべった宣伝文句が採用になったので、ちょっとだけ原稿料に上乗せされることになった)、さて、と取材先を確認。ここでやっと確認するというのもナンであるが、京都取材ということでタカをくくって、バスか電車で十数分くらいの移動を見ていたら、京都よりむしろ奈良に近いくらいの遠方。ATR(国債電気通信基礎技術研究所)で、“祝園”というところにある。遠方の上に難読である。ホテルのフロントの女性も読めなかった。パソで調べたら“ほうその”と読む。近鉄急行で新祝園駅まで30分かかるという。

タクシーで駅に向かい、切符買って乗り込む。ちょうど会社や学校のひけどきで車内満員。つり革につかまっていたら、二人組の女子高生から、
「雑学の先生ですか?」
と声をかけられて、サインをノートに求められた。そのお礼か、席を譲ってくれたので座っていく。

駅で編プロのEさんに電話、その指示に従ってさらにタクシーで10分ほど走ってATR。編集部Yさんと共に待ってくれていた。研究室に通され、ATR知能ロボティクス研究所長の石黒先生に挨拶。先生の姿を模したアンドロイドにご対面。

このアンドロイド、
http://robot.watch.impress.co.jp/cda/column/2006/08/01/101.html
↑この記事のものなのだが、ここでも石黒先生、
「とっつきにくそう」
と外見を評されていた。まして、これまでこのアンドロイド、科学雑誌とかにしか取材を許していなくて、一般誌はこの『通販生活』が初めてだそうで、最初は警戒心がビリビリ感じられた。なんとかここで振り落とされないよう、と食いついていくうちに、次第に打ち解けて、
「案外真面目に取材しているようだ」
と認識されたか、いろんなお話を伺える。ホッとした。

先生のアンドロイド、自身の頭蓋骨をスキャンして同じものを作り、その上にライフマスクをシリコンで型抜きした皮膚をかぶせてある。口や目の回りにぎっしりとアクチュエーターが埋め込まれていて、人間の表情などをコピーできる。そう言えばこの教室まで案内してくれた学生さんが、口の周囲に変な突起物をハリつけていたが、これをカメラがスキャンしてロボットの口を動かすという。

なるほど、と思ったのは、発声機能はロボットの内部になく、その後ろに置いてあるスピーカーから出るだけなんだが、その声にあわせて口が動くと、まるでロボットがしゃべっているように聞こえる(兼、見える)。腹話術の応用である。

面白いのは、このアンドロイド、首を意味なくふったり、視線を泳がせたり、指を動かしたりする動作をすることで、こういう無意味な動作が人間らしさをかもしだし、ロボットの家庭内導入をスムーズにするという。金属的な機械のロボットでは家庭の中に入り込むことを人間が拒否するので、出来るだけ人間に見分けのつかないような容姿や動きにする必要がある、というのである。

私はSF者なので、機械的なロボットが家庭にいるということもまるで気にならない、と、いうか、あまり人間そっくりなロボットというのはかえって気味悪いのだが。

石黒先生の話は面白いが、理系の人の典型かな、と思える言い切りがポンポン。
「『人は見かけが9割』という本があるが、僕は人は見かけが全て、と思ってます」
「動作を人間の動きに似せられるロボットが出来ればその人間と入れ替わっても、家や会社でも何にも困らない。人間なんてせいぜい、そんなもん」
「私と話していて、頭がいいと思われるだろうが(こう言い切る自信が凄い)それは私の内面でなく、しゃべり方や表情でそう思っているだけ」
だそうで、本人自身は
「自分の見かけは全く気にしない方。クシもよう使わない」
のだそうだが、どうして、なかなかサービス精神旺盛。アンドロイドと写真を撮るとき、なにげなく腕をからませてくれたりしている。私が先生とロボットが並んでいるのを見て驚いている、という写真を撮るとき、カメラマンさんが
「オモロイなあ!」
と感心していた。

石黒先生の人柄にこちらの女性二人、すっかりファンになってしまったようである。人間的魅力だろうか。先生には悪いが、このロボット、はっきり言えば先生にはあまり似ていないと最初から最後まで思っていたのである。本人からそっくり型抜きしたのだからそっくりな筈なのに、先生の、どこかとっつきにくい怖い顔に隠されたいたずら好きそうな人のよさまではコピーしきれておらず、単に怖い顔で、動作に障害のある人間(若い頃のスティーブン・キングにちょっと似ている)、みたいなイメージである。ここらが人間をコピーするときの面白さかもしれない。

取材終って帰ろうとしたら、研究室の若い学生が私にサイン求めてくる。最初はノートだったが、石黒先生が
「ノートじゃ飾っておけんだろ、色紙がないか、色紙」
と言い、いくら研究室でもまさか色紙はないだろう、と思ったらちゃんとあったのに驚く。サインのお礼か、研究所を案内してくれた。廊下のすみに放置されていたここの研究所の製作したロボット第一号などにも面会。

ライターさん、カメラマンさんと打ち合わせがあるというEさん、Yさんと別れ、一人9時過ぎの真っ暗な中、タクシーで駅まで。急行が幸いにまだあり、風が冷たいホームで待つ。知らない街の夜の駅のホーム、ムードはあるが物寂しい。

京都駅について、さてどこかで飯を食わねば、と思い、ちょっと歩いて小道に入り、一人でも違和感なさそうな飯屋兼居酒屋のような大衆食堂を見つけてカウンターに。注文を訊かれてメニューを見ると“牛タン塩焼”とある。つい、“こっちに来たら牛タンを食べないとな”と思って、頼んでしまった。一日のうちに仙台〜京都と移動したので頭が疲れてぼーっとしていたのだろう。運ばれてきた牛タンの上に九条ネギが山盛りになっていたのを見て、やっと、ここは京都だった、と思い出した。

仕方なく他の京都らしい食べ物、というので湯豆腐と一口ギョウザ(舞妓さんのおちょぼ口でも食べられるように京都のギョウザは小さいんだとか)を頼み、飲んでいたら
「カラサワさん!」
と声をかけられる。EさんとYさん。彼女たちは新幹線の最終で帰るはずが取材が長引いたので逃してしまい、こちらで一泊することにしたとか(やはり宿がなかなかとれなくて、宿の方で“こんな部屋しかありませんが、と言ったような部屋をやっと見つけたとのこと)。この店、駅から歩いてもなかなか偶然には入らないような小道にあり、ちょっと驚く。今日の取材のこと、石黒先生のことなどいろいろ話しながら、飲み直し。明日がちょっと早いので、12時に切り上げてホテルへ戻り、ベッドにすぐ潜り込む。今日もハードだった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa