裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

月曜日

キリストは死の絆につき球蹴り

Wカップなんかにかまけているうちに!

久しぶりに長編の夢。たぶん中央線沿線の木造二階の無国籍飲み屋で行われるトークの会みたいなものに、なぜか出ることになり出かけるが、案の定、いまどきニューエイジかよ、というような連中の集まりで心底イヤになる。ことに途中で出てきてしゃべりだした、妙にガタイのいい馬面の白Tシャツ姿の30男(空手の有段者らしい)が、陳腐な自然と農業賛美を始め、やたら丁寧なですます口調で
「全人類に農業従事を義務化して、工業などを廃止すれば身分や貧富の差は解消されて平和で平等な世界がくるんです」
と説くので、それは違うだろう、と口をはさみ、農業従事者が豊かになるためにはその生産物が製品として流通し、現金収入が入るというシステムが絶対必要であり、農業だけでは人間は生きていけない、と(夢の中ながらきちんと話していた)主張すると、相手が顔はにこやかだがかなり怒ったらしく、こめかみをピクピクさせながら
「それは悪魔の思想ですね」
などといい、毒づきながらもちょっと内心ビクつくというもの。

この男、知りあいにも、テレビなどでこれまで顔を見ている人物にも、モデルになりそうな人が一人もおらず、なぜ、夢の中にこんな男が(しかも大きな役で)出てきたのか、私の脳の中のどこからこういうキャラクターが形作られたのか、さっぱりわからず。

朝8時起き。曇天で鬱。メールチェックしていたら、母から電話で、今日は朝早く出かけるから、朝食は用意しておくから自室で食べてちょうだい、とのこと。アボカドとスイカ、ブロッコリスープを運んで自室で。

午前中いっぱい、鬱状態続いて仕事手につかず。山積しているのにまずい。一件、オノにメールしてキャンセルしてもらう。携帯にTEL、何回かかけ違っていた河崎カントク。いつぞや(もう二年近く前か、もう!)企画会議をしてそのままペンディングになっていた某コラボ企画、また動き出したとのこと。シリーズでやろうよ、との話。さてどうなるか。

2時、渋谷へ。急にギョウザが食いたくなり(今朝の新聞で寺島しのぶが“うちは朝からギョウザ”と言っていたので)兆楽に直行、ギョウザとチャーハン。店の調理係のおじさん連、あいかわらずうらぶれオーラ大発散。

食べて事務所へ。声ちゃんの事務所から、声ちゃん主演のDVDがどさっと送られてきた。一枚くらい見ておこうと注文したのだが、名前見て恵贈してくれたらしい。感謝するが、さて照れ臭くてこういうものが見られるか?

差し入れの最中など食べる。原稿書き、連絡等。手紙を何枚か書く。そうこうするうち4時。あわてて出る。赤坂の東急エージェンシー。K口さん迎えに来てくれて、猫三味線イベント打ち合わせ。制作委員会Sくん、K条さんと、あと新しく某所イベントを担当しているK野さん。

K野さん、某社運営の某イベントの話を。なかなかなもの。“大衆芸能を芸術のレベルに”と言う意欲は結構だし私の立ち位置にもあうので、これは大きくイッチョカミしたいところ。あと、京都での某所とのコラボ。これも面白そう。猫三味線スピンオフ企画として立てていたものを、K野さんに提示。向こうも興味を示してくれた。あとできちんとした企画書を提出せねば。

1時間半ほどで辞去。近くのドトールでSくんと。大掛かりな企画が進んでしまったおかげで立ち消え感のある別企画も、独自ですすめてみようと話す。まだスッキリと“動き出した感”なし。ドトールで頼んだフローズンブラッドオレンジが、機械の不調で作れず、フローズンマンゴーになった。このプロジェクトもまだ、そんな感じである。どこでエンジンかかるか、いや、“かけねば”ならぬ。

帰宅6時。ゲップをするとギョウザのにおいがして、打ち合わせのときにおわなかったか、ちょっと後悔。梅田佳声本のテープリライト作業を10時まで黙々とやる。前半はテープ起こしの人間が
「はいはいはい」
「あははは」
「へー、銀座で」
「そうそう」
などという合の手まで全部起こしており、これを消すだけで大変な苦労。NHK広場では、W杯の中継に観衆が集まり、ときおりウワーッという歓声が上がる。

11時、帰宅。サントクで買い物して、家で夜食。イワシ塩焼き(3尾)、カツ煮、油揚げ焼き。シンプルなものばかり。こないだrikiさんに放心亭で
「最近の裏モノ日記には料理レシピがないのでものたりない」
と言われたが、レシピを書くような料理を作っている暇がない。イワシは最近、もうじき食えなくなると新聞でさかんに煽っているのでつい、あると食べてしまうが、そう思うとしみじみうまい。塩振って焼くだけでどうしてこんなにうまいのか不思議。

資料読書何冊か。鬱が悪化。ネットニュースでW杯、日本逆転負けという報。順当としか思えないんだが、そんな残念ですかねえ、と思う。何年も前から言っているが、
「日本人はサッカーに向かない」
のだ。歴史的にも、文化的にも。なにしろ靴を捨てた民族なんだから。日本人が足で球を蹴っていたのは飛鳥時代の蹴鞠までだ。その後、靴を捨てて草履、草鞋、下駄文化になって千数百年、日本人はモノを蹴るということをしていない。空手使いが戦前までの小説で悪役としてしか登場しない(『姿三四郎』とか)のは、“蹴り技”がいかに日本人にとり異様、かつ卑怯に映ったかという証拠である。日本人が津々浦々の民まで靴を履くようになったのは戦後もかなりたった高度経済成長期以降である。靴文化が復活してから、ホンの数十年しか経ってないのだ。蹴鞠がスポーツとして続いていればもうちょっとはと思うが、あれだって、一番有名な蹴鞠の逸話が蹴り損ねて靴が脱げちゃった、というような話だし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa