裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

月曜日

千疋屋の侍

 桃左近、蜜柑鋭之助、栗京十郎。朝の夢で“気絶芸人”なるものの舞台を見る。カフカの“断食芸人”みたいだが、自由自在に気絶してみせる他、“有名人の気絶するところの形態模写”なんてのもやる。朝5時ころ目が覚め、リビングのパソコンで、書き下ろし用のコラム一本書いてメールする。今日も昼あたりから体力落ちて仕事に ならなくなるのではないか、という嫌な予想により。

 朝食、野菜サラダ。昨日、デザートのフルーツカスタードまで食べてしまったこと を反省。しかし私は食にいやしい。以前、伊丹十三と岸田秀が対談で、
「食べることは世界の自分に対する愛情を確認(獲得)したいという意識の表れであり、自己存在の根元的な寂しさを紛らわすものとして食べ物や酒がある」
 と分析していた。うまいものを口にすることで、大丈夫、世界は自分をないがしろにしていない、ということを確認するのであるか。そう言えば鬱状態のときの方がよく食べるな。

 通勤、8時19分バス。『トンデモ本・男の世界』の部数/発売日等決定のお報せあり。部数は秘密だが(まずまず結構なところ)、発売日は8月28日(土)。それからWeb現代の連載『知らなきゃよかった!』最終回原稿書く。次の朗読コンテンツ打ち合わせは今月半ばから。開田さんと一緒に『アイ、ロボット』の試写、のざわよしのりくんに誘われ、行くと返事していたのだが、今夜はアニドウの上映会もあり二つに出ると何も仕事が出来なくなるので見送り。開田さんにその旨メールして、の ざわさんに謝っておいてもらう。

 弁当、シャケ漬け焼き、卵焼き。探偵ナイトスクープからまた電話、いろいろと質問に答える。これ、ギャラが発生する仕事なのだろうか? 食べると血が胃に行ってしまい、クラクラしてきて横になる。横になるとグーと寝る。寝るとさらにバテる。悪循環。『奇譚クラブ』の68年6月号を拾い読み。黒淵嬰一『贋作オデッセイ』が面白い。本家オデッセイが、トロイとギリシアの戦いと神々の争いをパラレルに描いているのに擬して、実際の日露戦争とそれに対応して繰り広げられる神々の争い(オリンポスの神々と高天が原の神々が争う)を平行して描き、その間に雑学とSMシーン(主に双方の女神たちが捕らわれては縄目の恥辱を受ける)を詰め込んでいる、ミ ソロジカル・パンク小説。

 あと団鬼六のエッセイに、“手入れ屋”という職業が出てきた。雑誌の翻訳記事などを、掲載できるような文章に手直しをするという仕事で、今でいうアンカーであるが、団氏はこれを珍商売、として紹介している。まだ68年頃はポピュラーでなかっ たのだろうか。

 仕事カリカリやるがさっぱり進まず、放擲して6時、中野へ。アニドウ上映会、今日はさすがにほぼ満員。『日本漫画映画の全貌』の図録も順調に売れているようである。席にはすでに常連のK氏が、女性連れで来ている。編集をやってらっしゃるHさんという方で、植木さんと数日前に上海小吃で夜中まで飲んでいて、そこで“今日、こういう上映会があるのでいかがですか”と誘ったのだそうな。聞いたら“アニメもこれからいろいろ見ていこうと思いまして”ということで、そういう初心者をいきなりこういうどマニアックな上映会に連れてきていいのか、と心配になる。なにしろ、メイン上映作品が、かつて東京12チャンネル(テレビ東京時代に非ず)で放映され た、『私の昭和史〜政岡憲三、動画を作って40年』である。

 今回ひさびさになみきたかしの解説がつく。この『私の昭和史』も、以前日仏会館ホールだったかで見た記憶があるが、杉本五郎の若いのにそのときは驚いた。今見てみると、そんなに若くも思えず、晩年のあの姿を彷彿とさせる。生前のリアルな記憶がしだいに霞んできて、スタンダードなイメージに収斂してきているのであろう。

 植木さんが来ていないので、Kさんと“仕事が忙しいのかな”と話していたが、後半来て、テックス・アヴェリーのアニメなどで笑っていた。終わって、なみき氏から全貌展の招待券貰う。さっそく数枚をK氏と植木氏にお裾分け。会場一階の、本日の会議室使用一覧のところに、身障者ボランティアの会がいくつかあり、その中のひと つの名称が“だるま会”。これはヤバいのでは、とか話す。

 植木氏がジンギスカンの神居古潭はどうでしょう、というので案内するが一杯。そこで、いきあたりばったりの台湾料理屋に入る。こういうときは食べ慣れている植木氏の直感が頼り。生ビールで乾杯、Hさんにどうでした、と訊くと、面白かったという答え。ホントだろうか。植木さんから、朝日新聞の読書欄に載った、宮崎哲哉氏の『トンデモ本の世界S/T』の書評を見せてもらう。宮崎氏はと学会の大ファンだそ うで、ちょっと意外だった。

 その他雑談いろいろ。腹上死と腎虚による衰弱死はどちらが男性にとって本懐か、などという、女性の前でするような話じゃない話。植木さん例によりダジャレ連発であるが、こっちは夏バテのせいかサッパリふるわない。Hさんの、商売がら度の強そうな眼鏡が実に魅力的だ、というような話も。眼鏡美人というのは、たいていは“たまたま美人が眼鏡をかけているだけ”に過ぎないので、本当に眼鏡が魅力の根元であ る女性というのはそういるものではない。

 ここの台湾料理店、料理自体は大したことないのだが、その大したことなさが、何か本場を連想させるようで、植木氏が大変気に入った模様。本当は中国本土の出だというご主人がまたいかにもという感じで、イカ団子を頼んだら、アイヨと答えて表へ飛び出す。イカをつかまえに行ったのかしらん、とみんなワイワイ。この団子と、ニンニクの芽の卵炒めがなかなか結構な味だった。紹興酒は青い関帝ラベルのもので、さわやかで飲みやすく、二本空けてしまった。夏バテ解消にはなったが、飲み過ぎ。11時過ぎ、帰宅。K子は早めに帰ってきていた。市ヶ谷のドイツ料理にS山さんたちと行ったのだが、ハズレだった由。

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