裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

月曜日

あれを魚卵と指さす方に

 イクラ、スジコやトビッ子が(寿司ネタシリーズ第三弾)。朝、7時半起床。ゆうべ床についたのが2時近くだった割には早起き。ゆうべは帰宅の途上、ベギラマと町田ひらくさんに出会った。銀座のうわの空ライブからの流れらしい。二日興業がちょうどこちらのトンデモ落語、ロフトプラスワンに重なったのは惜しかった。朝食、枝 豆の残りとタラコスパゲッティを小皿一杯。二十世紀。

 母から電話、何かと思ったら“ねえねえ、「鞍馬から牛若丸が出てきた」って落語は、何て題?”というもの。友達との雑談でそういう話が出てきて(いかなるシチュ エーションであったのだろうか)、思い出せなかったそうである。
「それは『青菜』という落語ですな」
「なんでそんなこと言うんだったっけ?」
「あれは、お出入りの植木屋に旦那が酒をご馳走して、菜を食べないかと勧めて、奥に菜を言いつけたら……」
 と、ほぼ全編をそっくり語るはめになる。……で、説明を聞き終わった母の曰く、
「……なんだか、ずいぶん無理のある話だわねえ」
 確かに。しかしまあ、それを言ったらほぼ落語の8割、いや9割が無理のかたまりみたいなもンなのである。

 その落語の本(筑摩書房)の座談会の件で編集Mくんにメール、また返事。別件で企画していたことがあるのだが、いろいろ問い合わせてみるとややこしかったり向こうでやかましいことを言ったり金がかかりそうだったりするので、次善の策に変えることにしましょう、と提案。他、OTCN田くんから今年の『オタク大賞』の件。昨日も斉藤さんと話したが、今年は柳瀬くんが全部仕切ってくれるので大丈夫だろうとのこと。それにしてももう十月がすぐそこ。年末の企画打ち合わせになるのである。

 他にも仕事関係連絡多々。早川書房からは11月のブックフェア用の本にサインの依頼。『トリビアの泉』の件でフジテレビKさんとメールやりとり。つかまえにくくて困る。日記を読んでくれている方々からの、胃の不調へのお見舞いや御心配のメー ルもいただく。忝なし。

 2時、時間割にてゆまに書房Tくんと打ち合わせ。本来は今日までに用語注釈原稿全部あげていなくてはならないのだが、三本のうち一本(『人喰いバラ』)をアゲたのみ。あやまって、数日〆切を延ばしてもらう。ライバル企画(?)の国書刊行会の嶽本のばら氏の注釈がかなりテンション高いものなので、も少し工夫を、と思っているのである。Tくん、K子に、と西村の二十世紀を買ってきてくれた。

 帰宅、ネット少し。原辞任関係で一番ヘンテコな記事。この記事で私的に“へぇ” だったのは
「ゴジラ松井は……(三秒アケ)球界一のAVコレクター」
 というトリビアだったが、これは有名な話なのか。
http://sports.yahoo.co.jp/headlines/20030927/20030927-00000018-ykf-spo.html
 ちなみにリック・サベージはその道ではかなりな大物。
http://www.wailea-pub.co.jp/sniper/slavehunter/rs.html

 6時、家を出て銀座線で上野広小路へ。お江戸広小路亭で立川談笑独演会。談笑に改めてから最初の会。前回、談生最後の会はかなり無茶苦茶なネタをやったそうで、“そのせいかお客が減った”とのこと。IPPANさんがいたので、“ご皆勤で”と挨拶したら、“さすがに三日連続はキツいです”とのこと。トンデモ、ロフト、それにここ、と通っているのである。『Pマン』のY氏が来ていたのは意外。以前トンデモで談笑を聞いてハマり、それからずっと通っているそうである。あとはいつものカワハラさん、それから前田燐先生が来ていた。

 開口一番も何もなく、いきなり談笑登場。前フリは北海道の地震の話、それから、前回トンデモでやった話で、“前に千早振るのことを聞きに来た”というギャグを入れたら、打ち上げで女性に(たぶん夢乃まろんさんだと思うが)“あれはシリーズでやっている話なんですか?”と訊かれて驚いたという話。古典の改作はいいが、ここまで基礎教養の座から落語がすべり落ちた時代には、必然的にやり方を変えねばならない。そういうところでいろいろ考え、迷い、ときにネジクレたりしているところが談笑の魅力だと思う。談之助も言っていたが、危機感も何も持たぬまま、断崖の上で 踊っている、いや踊りさえせずにノンキにしている落語家が多すぎる。

 最初は『代書屋』をまあ(談笑としては)オーソドックスに。いかにも現代ではやりにくそうに演じていたが、なるほど、昭和40年代前半でギリギリの噺だな、これは、と改めて思う。スンナリ演じている他の落語家さんが考えてないのか、なまじこんな噺、考えるからスンナリできないのか。で、終えたあとそのまま高座に居残り、すぐ次の『野ざらし』に入る。八五郎の振り回すサオが、釣り竿ともう一つ……とい うあたりが談笑調。

 休息をはさんで今日のメインが新作版の『寝床』。新作版と書いたのは、舞台を現代に持ってきて、旦那と店子との関係をワンマン社長と社員の話にするというのは、それこそ昭和40年代の米丸式(金語楼式)新作の色を濃く残している設定変更だからである。芸術協会風新作のアナクロさを攻撃するときに、よく“いまどき、社長のいいなりにそのワガママをヘコヘコと聞く社員なんかいない”というツッコミを入れるが、あえてその古くさい設定で人物関係を規定して、そこにぶちこむギャグと人物描写で勝負しているという感じ。ステージ両脇にしつらえられた二機の超巨大スピーカーから発せられる音の、ちょうど交差するあたりにいた男がいきなりボン、と、赤い霧になって消滅する、なんて凄まじいギャグがある。IPPANさんが“最近の中 では一番の完成度の高座”と評していた。

 9時ハネ。出てK子と携帯で連絡、JRで新宿、そこから小田急を乗り継いで下北沢、最近通いづめの感のある『すし好』。鯛から握ってもらったがこれがねっとりとした食感で実によかった。コハダ、甘エビ、煮蛤、つまみでシャコなど。シャコも甘い。店長がこのあいだの大間産のマグロの残りを出してくれた。ネギトロ巻のネギ抜き、というのにしてもらう。あと、平貝のヒモの味噌漬け焼きという珍しいものをご馳走してもらう。われながら呆れるほどむさぼり食って、酒もビール、日本酒、焼酎と次々お代わり。帰りのタクシー内でK子と、しかしよく食う夫婦であることよ、と呆れあう。

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