裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

水曜日

ダークダーク

「ええいにっくきキカイダーめ、と笛を吹いたつもり」「ああっ、良心回路が、ともだえ苦しんでいるつもり」。そう言えば実験映画的色彩の強かったドイツ映画『死の王』の字幕(柳下毅一郎)で、死のイメージを語る人物の台詞に“血がだくだくと”というのがあって、あの陰鬱な映画を見ながら思わず笑ってしまった。古典落語ファンじゃないと血が流れる表現を今日び、こうは滅多に言わない。朝7時30分起床。昨日の雨が残るかと思っていたがあがっていた。朝食、豆モヤシとアスパラのスチー ム、ミニトマト。スイカ二切れ。

 服薬歯磨洗顔入浴如例、と行きたいところだが、日記つけて『クルー』原稿ゲラをチェックして、アスペクト日記本の件で編集のK田さんとメールやりとりしていたら午前中の時間がイッパイイッパイになって、入浴の暇がなくなる。まあ、今日はカットハウスで洗髪するからいいか、と珍しく省略。ゆうべエアコン入れて寝たので、汗 もそんなにかいていない。

 アスペクトの日記本、初版部数はやはりかなり絞られる。向こうから言ってきた企画でもあるわけで、も少し算段してくれないとなあ、とも思うところであるが、ゲーム会社傘下なので、親会社が書籍の在庫の必要性というものをまるで認識していないらしい。ただ、この部数だと速攻で完売の可能性があるので、増刷体制は最初から整えておくのだそうだ。なら最初から多めに刷っておきゃいいに、と思うのは出版業という、もはや“せまい”世界の常識に過ぎないのだろう。とはいえ、ゲームなみに売ろうというのなら、ゲームなみに、プロモーション代も予算に入れておいてほしいものだ、というのが正直なところである。とにかく宣伝が大事。その一環としての日記座談会、芦辺拓、美好沖野、浅野耕一郎の各氏(本に解説をお願いした)、いずれも予定OKとのうれしいお返事。チャイナハウスを予約する。

 12時、カットサロンTRUE SOUTHでヘアカット。菅原先生、私の本が駅前の大盛堂で平積みになってました、と報告してくれる。髪や頭皮というのを人にさわられるということが、なぜこうも人をリラックスさせるのか。ギャング映画を見ると禁酒法時代のギャングたちというのは年がら年中床屋へ行っているが(だから床屋で撃ち殺されることも多かったわけだが)、あれは体を張った命がけの毎日を送っていた彼らが、リラクゼーションを本能的に求めていたからかも知れない。終えて、西 武デパート地下で買い物して帰る。

 昼は昨日開田さんからいただいた干しソバをあげて(これ、池波正太郎的表現)、あのつさんのところの大根の残りをおろして啜る。光文社文庫から刊行が開始された江戸川乱歩全集の第一回配本(『大暗室』『孤島の鬼』)が届いたのでパラパラと。新保博久、山前謙の監修両氏の徹底した解題、注釈が附されている他、毎回乱歩ファンの人たちの巻末エッセイがつくのがこの全集のウリで、私も依頼されている(そろそろ原稿にかからねばならない)のだが、今回の執筆者、横尾忠則、瀬名秀明各氏。 『フィギュア王』に図版バイク便出す。

 3時まで、ミリオン出版に出す企画書に専念。打ち出したものを持って、時間割。某M出版からこのたびミリオンに移ったNくんと打ち合わせ。ただしNくんと進める企画は別口のもので、書いた企画書はこのあいだ中野で旧知のHさんに会ったとき、今度持ち込ませてもらいますから、と言ったもの。なかなか忙しくてミリオンまで足を運べないので、Nくんに託す。彼の方の企画はアリ原半分、残りは語りおろしということにすることで何とかまとめる。その他、業界情報通のNくんと、さまざまな出 版社、業界人の噂話。

 打ち合わせ終わって時間割を出たのが4時半。一旦家に帰って雑用すませ、再び出て、山手線で高田馬場。以前下見に出かけたグランド坂の前をだらだら下って、馬場下町交差点前、蕎麦店『三朝庵』。加藤礼次朗の実家である。実相寺監督を囲んで、礼ちゃん、河崎実、マンガ家の海老原優、造形家のデスヨくん、ちくま書房のA氏などと飲み会。昨日のようなオフィシャルな会でない、缶ビールに枝豆、乾きモノなどをつまみながらの、気軽な飲み会である。店はもう早じまいするところで、入ったらお母さん(結婚式以来)に“息子がいつもお世話になってまして”と挨拶された。お父さんが蕎麦を出してくれて、みんなで少しすする。後から中野貴雄監督も来た。ベギラマも来るかも、という話だったのだが来ず。電車賃もないとか言っていたからなあ、と私が言うと、河崎さんも中野さんも、ウレシソウに笑う。貧乏な美人、という のは何かポイントが高いのかもしれない。

 河崎監督は手持ちビデオで実相寺監督に『帰ってきたウルトラマン』の『恐怖の怪獣魔境』の回を見せている。昨日、実相寺監督がまだデットンを知らない、というので、“自分の撮ったテレスドンがどんなみじめな形状になったか、まあ見てごらんなさい”と河崎監督が持ってきたのである。実相寺監督、画面をのぞきこみながら“この隊長の役者だれ?”とか訊いている。“塚本信夫です”“へえ、役者はいいとこ押さえてるじゃない”“そりゃ、新マンは凄いですよ、塚本信夫に西田健に岸田森にこないだ脱いだ榊原るみですから”と。サドラーが出てきて、監督、“これがデットンなの?”と言うので、“いえ、これはサドラーです”と答えると、“なんで唐沢さん詳しいのよ”。河崎さんが“そりゃ、この人はオタクですから”“へえ、唐沢さんも オタクなの”加藤礼次朗“今まで何だと思ってたんですか”。

 ちくまのAさんは私にうやうやしくビールついでくれて、“『一行知識』、おかげさまで増刷させていただきまして”と。別に私人気で売れたわけではないが、一応、いばっておく。実相寺監督はデットンを見終えて(まあ、いいじゃない。パワードのテレスドンよりゃマシだよ、とのこと)、礼ちゃんの案内で店内の色紙類や、明治以降の三朝庵の変遷を聞いて感心している。この店の名物である色紙類は、大隈重信からはじまって、江戸川乱歩(例の“うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと”の文句)だの浅沼稲次郎(“解放”とある)などのものが無造作に並び、山田洋次、高木ブー、永井豪、藤子不二雄Aなどの著名人があるかと思うと、修学旅行で来ました、などという女子高生の寄せ書きまである。なんだかわからん。年代ものの『庵朝三』の看板や、初代が当時の人たちとやりとりした葉書類(カレーそばのこの店は元祖だが、日本そばに会うカレー粉を調合してもらった際の、メーカーとのやりとりの葉書まである)に実相寺監督、感服していた。お母さん、“ね、こんな伝統ある店なのに、こいつ(礼次朗)が子供を作らんもんだから、ウチはいま、危機なのよ”と。

 お母さんは“じゃ、わたしこれから下剤飲んだり、いろいろ忙しいんで”と奥に入る。中野監督と、“忙しい理由に下剤飲む、というのが入る人もなかなか珍しい”と話す。海老原さんに自作の怪獣図鑑(科学特捜隊本部に置いてある資料、という設定のもの)だとか、実相寺監督が『ウルトラセブン』でやろうと企画した『宇宙人15プラス怪獣35』の自主制作の漫画とかを見せていただく。やはり怪獣ファンというのはオタク仲間でも三倍段だなあ、との思い切々。礼ちゃんは仕事の打ち合わせをどこかの出版社とやっていた。やがてまた新しく加わったいい体格の人、河崎監督が、“ね、カラサワさん、わかる?”とウレシソウな顔で紹介してくれる。内野惣次郎氏といって、『ガバドン』でムシバくんやっていた子役だよ、とのこと。あ、と驚く。彼の顔は『怪体新書』でなをきが描いていた。他にウルトラQ『虹の卵』などにも出ていた人である。今は広告代理店ADKのエライさんであるとか。名刺交換するが、“あ、唐沢さんですか。お名前もお顔もよく存じ上げております”と、うれしそうに言われる。こっちこそ“お顔は子供の頃からよっく存知あげております”なのだが。そこから子役ばなしになり、金子光伸氏のことなど少し話す。

 なんやかやでオタクきわまる、生産性のない(実相寺監督とのお仕事の話なども出て、決して全くないわけではないが、まあ、世間の40男どもがまだお日様の高いうちから集まって話す内容としては生産性のない方であろう)バカ話で、肩の凝りがほぐれる一時であった。8時、辞去して、高田馬場まで歩いて少し運動、渋谷へ戻って9時、神山町『華暦』でK子と待ち合わせ。シロメバルとマグロの刺身、桜エビのさつまあげ、青とうがらしの焼いたの、など。島唐辛子の糸切りを味噌に混ぜたものをホンのひとつまみ程度貰って舐めてみるが、辛い々々。夏バテのだれた胃も活性化。

 K子の構成した貸本お涙マンガ(ゆまに書房の本の付録)を読むが、適当にチョイスした作品ばかりなのに、どれもやたら笑える。まったくこの時代のマンガはあなどれない。ウイスキー水割り三杯。帰宅したが、出がけにセットしておいたと思った留守録がセットされてなかった。原稿少しやって、今日はいいやと、まだ湯を抜いてなかった(さすがに暑くて、朝入れた湯がまだヌルいくらいだった)寝てしまう。連載もの何本か、実はそろそろ火がついているのだが。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa