裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

21日

金曜日

UK、UK、飛雄馬、どんとUK

 飛雄馬よ、英国野球選手権の星を目指すのじゃ。朝、7時20分起床。朝食、豆。K子には芽キャベツのオムレツ。果物はバナナ。テレビに映るバグダッド市内の様子はちょっと見には戦争なのだかなんだかわからぬほど静かな映像で、バスすら走っている。現代の戦争というのは奇妙なものである。産経新聞で杏林大学の田久保忠衛教授がマスコミの平和偏向報道を“常軌を逸する”と評し、シラク大統領の反米的言動を“ピエロ”と嘲笑している。これまでに今回の戦争関係で見聞した、最も過激な俗論非難である。ここまで立場を明確にされると、さぞやスッキリすることであろうとは思うが、その分、見えなくなっているものも多いのではないか、と、欲張りに左右どちらの情報も見たいこちらとしてはちょっと引く。

 ただし、確かにテレビの反米映像タレ流しは、ちと報道番組としてどうか、と思わざるを得ないものも多い。ブッシュが学生時代、酔ってクリスマス用の飾り付けを盗んで警察に補導された、なんてことを今このときに紹介する意味がどこにあるか。例の“ホワイトハウスはどんなところ?”“白いよ”の受け答えにしたって、相手は放送で実際に声を聞けばわかるが、本当に幼い子供である。この年齢の子に“どんなところか”という漠然とした質問を受けて、そこでスラスラと大統領が官邸に住むことの意義とその歴史、なんてことを語り出すヤツがいたら(また、いるのであるが)、そっちの方がよほど信用できぬ表裏ある人物だろう。言うまでもなく、それは質問をした当の子供に対してではなく、その対話の模様を撮影しているテレビカメラに対してのパフォーマンスであるからだ。あるいはその会見自体が脚本つきでしつらえられ たものではないか、と疑いさえ出来るだろう。

 ブッシュはそれをしなかった。目の前で質問したその年齢の子供に対して、一番理解しやすく、またイメージしやすい答えはどういうものか、と必死で考えた挙げ句に口をついて出たのが、“白いよ”という、ストレートすぎる答えだったわけだ。確かにバカである。だが、バカの下に“正直”がつく。これは私の見解だが、例のテロ事件後、貿易センター跡での救出作業に従事している作業員たちの前で呼びかけたときの対話の当意即妙さ(2001年9月15日の日記参照)を見ても、世間が言うような暗愚の大統領では、ブッシュは決してない。あれも仕込まれたパフォーマンスではなかったのか、という疑いもあるだろうが、ああいうオープンな場での仕込みが演じられるとしたら、芸人にしてもよほどのテクニシャンである。芸能プロをやっていた私の目から見て、それは間違いない。

 ブッシュが恐ろしいのは、彼が悪人だとか、権力主義者だからだとか、戦争マニアだからだとかだからではない。そういう連中は世界にたくさんいた。いまでもフセイン、金正日、その他小物を含めればそういう指導者はいっぱいいるだろう。実はそういう連中は対処しやすい。ブッシュが困った存在なのは、彼がひたすら真面目で、正義と平和を愛し、そのためには悪をほろぼさねばならぬという信念を持っており、そして、決して無能でも無知でもない、ということだ。悪人は保身に走る。湾岸戦争以降のフセインが国際世論に対し、常に平和々々と口にしてきたのを見てもわかるだろう。彼は平和という金看板で、世界輿論を味方にしようとしてきた。ブッシュは正義の人である。あるがゆえに、全世界の平和主義者たちの非難を浴び、国際社会の中で孤立しようともなお、悪を倒すために、武力を行使する決断を下したのである。その勇気たるや凄まじい。平和主義者たちが糾弾せねばならぬのは、“正義”“勇気”そのものなのだ。例え、悪意と腐敗と欺瞞と抑圧と混乱と搾取と惰弱と怠慢とに満ちた世界であっても、自分たちは戦争はイヤだ、平和を選択する、という断固たるアピールをしなければ、蹴散らかされてしまうだろう。なにしろ相手は正義と勇気なのであ る。なまなまかな敵ではないのだ。
http://www.nwj.ne.jp/public/toppage/20030205articles/SR_shi.html
(ブッシュの米大統領としての資質についてはココ↑がわかりやすい)

 新・洗濯機が届く。性能がアップしたのか何か、ずいぶんコンパクトになり、置いてある脱衣場のスペースが、だいぶひろびろとした感じになる。沖縄の中笈木六さんから電話。ナニか、いろいろトラブル続きらしい。しかしモノ書きというのは大変だよねえ、と雑談しばし。同業者の某氏の評判などを聞く。あの人はもう伝説上の人ですから、と。伝説であれば、多少人格が奇矯であってもそれは容認されちゃいますから、とのこと。司馬作品の登場人物みたいなものか。はるかにスケールは小さいが。

 その電話を終えてすぐ、入れ替わりのように鶴岡から。共通の知人T氏について、驚くニュース。K氏経由というから誤報でもあるまい。何かそぞろ哀れ。ただ、これは業界が不景気というだけの問題じゃなさそうだなあ、という感じ。しかし、なぜあの周辺の人々というのは揃って不幸なのか(不幸になるのか)、ちょっと不思議でもある。

 12時15分、家を出て水道橋。Web現代で東京ドームの取材である。新宿まで行き、そこから総武線。いつも思うのだが、ドームで巨人戦などがあると何万という人が乗り降りする駅なのに、この水道橋駅はセコ過ぎないか。青いビル前でYくんと落ち合い、中日・日ハムのオープン戦を見学する。仮チケット売場(正式なチケット売場は大リーグ戦中止の払い戻し用に使われている)は長蛇の列。Yくんと、
「戦争が起こっているというのに、こんなに人が来ていていいんですかね」
 と話す。まあ、海外旅行を取りやめて連休を東京で過ごす人が増えたからかもしれないが。入り口での手荷物検査も、さほどいつもに比べて厳重とも思えず。

 カメラのフィルムをどこかで買おうと思ったが、中でも売っているだろうと思い、入ってから探す。ところが、売店はビールやハンバーガー、中華丼など食い物ばかりで、雑貨屋がない。やっと隅っこでフィルムを売っている店を見つけたが、フィルムがAPS用のものしかない。あとはレンズ付きフィルム。Yくんのデジカメも調子がよくない。仕方ないのでレンズ付きフィルムで撮影。昼は売店で買った中華固焼きそば。昔あった『アルキ麺デス』みたいなもん。

 会場は“シーズン中でもパリーグの試合でこんなに入るのは珍しい”とYくんが驚くほどの入り。ライト・レフトのスタンドには応援団がそれぞれ陣取り、楽隊がラッパ鳴らしてにぎやか(と、言うより騒がしい)。クローマーのホームランで日ハムが先制。少し前の席で、さえない中年のおじさん(と、言ったって私と同年齢だろう)が、克明に、手にしたボードのスコア表にことこまかに結果を書き記しながらも、日ハムの選手がバッターボックスに立つと、声を枯らして“阿久根〜、がんばれへェ”と声援していた。関根投手が特に贔屓らしく、“待ってました、ダイトウリョウ!”などというクラシックなかけ声も。まあ、私の連載なので、試合はどうでもいい。スタンドを歩くお姉ちゃんたちの観察の方が主。

 2時くらいまで見て帰る(この時点ではファイターズ2点リードのままだったが、後で試合結果を見たら6対2と逆転負けしていた)。新宿から渋谷に出て、東急本店で買い物して帰宅。後はひたすら読書、資料ビデオなど。あいまにテレビでイラク戦争観る(まさに“観戦”)。江畑謙介氏の髪型はさらに凄いことに。誰が見たっておかしいというあの髪型を、家人でさえ変えられない。ましてアメリカの行動がおかしいからと言って、世界中がどう思おうと変えられやしない。

 9時、夕食。フキご飯、みぞれ鍋、キンキと鯛のカブト蒸し。子供の手のひらほどの切り身が1300円とか1500円とかする巨大なキンキの頭、鯛の頭が、それぞれ300円、350円の安さである。酒をふって蒸し、ポン酢で食べる。分量もたっぷり満足できるだけあり、満足。ビデオで、でケン・ラッセルの『超能力者ユリ・ゲラー』途中まで。あえて画面を安っぽく平べったく撮影するこのヒネクレ方。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa