裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

水曜日

偶蹄ハニー

 変わるわよ(ウシ、カバ、ラクダ、キリン、イノシシ等に)! 朝、8時15分起床。なぜか遅起きになった。朝食、バジルパスタで。ニュースで『タマちゃんのことを想う会』のドタバタ。メンバーなる人物の瞳が、もうキラキラ輝いている。自分たちのしていることが正しい、と信じきっているモノの顔である。救出作業中はさぞ、ヒロイズムに酔えて気持ちよかったことだろう。これに“自分勝手だ!”と文句をつけているおじさんもいたが、そもそもアザラシふぜいを住民登録してアイドル化していること自体、住民の身勝手なんだから、あまり大きなことも言えまい。

 それにしても、あれだけの人数で捕らえようとして、見事網をスリ抜けられて逃げられる情けなさが『想う会』、いい味である。移送方法の説明もあったが、こんな杜撰な方法で、本当にあんなデブのアザラシをオホーツクまで無事帰せると思っていたのかと呆れる。まあ、ピュアな人々にとって常に一番大事なのは本人の正義であることは、昨今のあれこれの事件を見てもありがちである。正義のためなら救おうとする対象の命など問題ではないなどと、これくらいはマジで思っていたかもしれない。

 不景気な時代、人は正義に頼る。自分の周囲への不満を正義感にスリかえて、せめてこの世に正義だけでもあってくれ、と、そこにアイデンティティを託す。何か、自分たちがうまく行っていないストレスを、どこかに不正が行われているからだ、と思いこむことで解消しようとする。現実(足下)をみたがらない気分が、人々にガラにない天下国家、公儀道徳を語らせようとする。そして、そこにつけこむ者たちが、それを騒動の火種に利用する。どこをどう見ても不景気なこの時代、正義の横行を私は怖れるのである。今回の事件、想う会の正義に同調する人々は少なかったようだ。アザラシの救出劇などという、つまらぬ末端の茶番ではあったが、まだ、世間に理性は残っていると、少し安心した。

 昨日の日記の書き落とし。朝、母から電話があった。メールの調子が悪く、こちらから送ったものが読めないという。送信履歴を見ると、ちゃんと受信されているのであるが。あと、これも昨日の午前中、ガス会社の人が来た。いま使っている電気乾燥機をK子がガス乾燥機に変える、その下見である。最初はガスの配管の関係上、台所に置くか、というような話になっていたが、結局、第二書庫の窓外のベランダに設置することになる。マンション仕様で、そういうものもあるらしい。

 なんやかや雑用が多く、午前中から4時くらいまでは仕事にならず。扶桑社Oくんから電話、いかにも胃が痛い、という声で“前代未聞の椿事でして……”と凄まじい古風な表現。しかし、それを使わざるを得ないような状況である。聞いて、笑ってしまった。いや、笑っていちゃいかんのであるが。後追いで、ササキバラゴウ氏から電話。ヒョウタンからコマで、私ともつながりのある某出版社から、オタク論関係の本が出そうだとのこと。めでたし。ベンヤミン、ルーマン、カイヨワなどの名前が飛び交うような会話のあと、その前代未聞の件。ササキバラさんの書いた『新現実』にもかかわりのあることなので、“えー、そりゃ人ごとじゃないっスねえ!”と。

 雑多な話題の中で、鈴木清順の話も出る。『カポネ大いに泣く』いいよねえ、と私が言うと向こうも大喜びで、やっとこの映画を褒めあえる人がいた、と。そこから映画の意味論になり、もともと映画にとって“意味”などというのは、評論家のメシのタネでしかない。映画作家なんてのはタヌキばかりなんだから、そんなひとつのキーワードで全部が読み解けるような話を作るわけもない(そんな単純なものばかり作っていて、生き残っていられるわけがない)。前後相矛盾するようなことを平気でやって、初めて多層的な作品になるのじゃないのかねえ、と述べるとササキバラ氏、苦笑 しながら
「そうなんスよー。だから僕も、今度サイトのおたく論に、前に書いたのと全く矛盾するような視点からの文章を書こうと思っているんスよ」
 とのこと。うーむ、凄い。

 昼飯はなんだかんだで結局食わず仕舞い。ずっと机にへばりついていたんで、そんなに腹も空かず。食べに行こう、と腰をあげたあたりで原稿依頼の電話があったりでタイミングを逸した。仕事は日経がらみのムックだかなんだかで、マンガに見る父親像、というようなもの。最初電話で聞いた枚数が、後にFAXで来た正式依頼状の方では増えていた。ただし、原稿料は同じ。

 太田出版のと学会年鑑本(仮題は『と学会年鑑RED』)用の本を探す。発表から本になるまで間があるんで、大抵、一番大変な作業がこの本探しになる。書庫に見あたらず、仕事場の本棚の下に積み上げてある山の中でやっと見つけ出し、ホッとしたところに電話、出てみると太田出版Hさんだった。ちょっと西手新九郎。パソコンが使えなくてメール連絡がとれない声ちゃんの連絡先問い合わせ。

 9時、新宿駅から中野へ。半に、新中野のパイデザで画像スキャンをしていた(仕事場のスキャナーの調子が悪くなった)K子と待ち合わせて、『とらじ』で夕食。塩カルビに塩ミノ、レバ刺し、海鮮チヂミ、豚足の石鍋煮。K子は冷麺、私は半ライスに石鍋煮のスープをかけて食べる。昼食っていなかったので食が進む。あと、真露の水割り。腹を減らすとやっぱりいけない。一日、何か被害妄想的な思考にとらわれていて、ロクに仕事が出来なかった。くちくなると同時に、世界の馬鹿たちを許そう、というような気分になる。帰宅1時、風邪のごく初期といった体調なので、麻黄附子細辛湯と救心をのんで寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa