裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

土曜日

いいじゃないの小為替ならば

 すぐ換金できるしさ。朝、目を覚ましたらもう8時過ぎ。やけにぐっすり眠ってしまった。朝食、牛肉、赤ピーマン、トマト、マッシュルームを炒めて、サラダ菜と共にピタパンにはさんで。フラットで覚えたサンドイッチ。及ばぬまでもなかなかの上出来。果物はモンキーバナナ。新聞に黒岩重吾死去の報あり。この人の小説の底にはどんなギリギリの人間的欲望を描いても、どこかに通俗小説の匂いがあり、それは、言ってみれば飾らないホルモン焼きのような、食欲をそそる匂いだった。西成のドヤ街を描くとこれがピタリとはまるが、歴史小説、ことに一連の古代王朝ものにもこの匂いが強く漂っていて、閉口したのを覚えている。飛鳥・奈良時代を舞台にした作品を書いてくれる作家は貴重だったから、なんとか読み通さないと、とがんばったのだが、ちとつらいことであった。

 母にメールしようとアドレスブックから送ったら、札幌の薬局宛に言ってしまったので、住所をK子に訊く。だいぶ返信を出さないといけないメールが溜まっている。ここ数週間、仕事プラス雑事プラスイベントで、手紙を書くということに意識を回すことができなかった。11日の中野が済んだら、31日(『社会派くんが行く!』刊行記念ロフトプラスワンイベント)まで余裕が出来るので、さくさく片付けよう。

 溜まった仕事も片付けないといけないが、今日はとにかく先に部屋を片付けなくてはいけない。3時に、『Memo 男の部屋』の取材で、堤満莉子さんの取材を受けるのである。ごちゃごちゃした仕事場の様子が見たい、とのことだったが、それにしてもそのままではごちゃごちゃすぎるだろう。誰か来客がある、というモチベーションでもないかぎり、雑事々々で掃除にはなかなかかかれない。このところ仕事部屋のエントロピーは増加の一途だったので、これを機会に、と大掃除にかかる。

 仕事部屋は年に何回は整理するが、玄関とリビングに積み上げられたブツの乱雑さが最近はシャレにならなくなっている。まずはそっちを、と玄関の棚の上の物件類から。いずれも、雑誌原稿の図版用などに買った、わけのわからんもの。チンチン鍛錬用のバーベルとか、ホモのバービー人形とか、黒人人形とか、きちんと並べ直し。こ んなものを玄関に並べておくのもどうかと思うが。

 さらにビデオなどがリビングの床に散らばっているのを少し整理して並べ、もはや何が入っているのかわからぬままに積み重なっている段ボール箱(主に図版撮影などで編集部に送ったものが返却されたままになっている)を開けて、中のものを整理する。おや、こんなものがここにあったか、というようなものもあり、また、でかい箱が通り道をふさぐようにデーンとあり、さぞや大事なものが入っているだろうと思い 開けてみると紙屑ばかりだったり。

 玄関、リビングと来て、次は階下の廊下。使わなくなった加湿器が二台も放ってあるが、これは大型ゴミになるのだろうか。札幌で買って、結局使い物にならないことがわかったコードレス掃除機だとかも。ここにも段ボール箱があり、てっきり電化製品かなんかが入っているんだと思っていたが、開けてみたら探していたメキシコマンガなどが詰まっていた。なんでこんなところにあるのか、首をかしげながら書庫へと移動。書庫は、今回は絨毯の上の猫のゲロ跡を掃除するくらいで、手つかずのままに残す。これは五月の連休にでも、また本格的に整理しよう。ナンビョーさんのところのdamさんなどからもお手伝い志願のメールをいただいているし。

 手が真っ黒になり、何度も何度も手を洗う。マンション地下のゴミ置き場へ、何度も何度もゴミを出しに行く。そんなことで、肝心の、インタビューを受ける仕事場の整理が一番後になってしまった。本の山を片づける。いや、片づけることなどもはやこの分量では無理だが、くずれかけているところを積み直したり、一番だらしなく見える、破れた紙袋やコピー紙の乱雑な山だけ、とり片づけたりして、なんとかインタビュアーとカメラマン、担当編集者さんが座れるスペースを作った。ここで三時ジャスト。まだ着替えてもいないうちにベルがなり、あわててズボンとセーターを着て、中に向かえる。堤さんにカメラマンのTさん、この記事の担当Oくん、さらに『男の 部屋』での私の担当Mさん。

 堤さんは『マンガ夜話』でおなじみのとおりのしゃべり方。てきぱきといきなりインタビュー開始。プロだなあという感じ。雑談から入ってなしくずしにインタビューになる私の方式とはえらい違い。いい感じで進むが、波長が合いすぎ(と、いうか堤さんが合わせてくれているんだが)で、このままだと、“Aですか? Aです”という感じの回答になってしまいそうだったので、途中から、少しずつ中心から微妙にズラした答えをするようにする。ダイナミズムみたいなものがやりとりに生まれるように、というつもり。猫が見たい、と言うので、寝室から連れ出すと、堤さんとMさんがキャー、と言ってなぜる。猫、キモチよさそうに寝そべってなでさせ、カメラマンの注文通りに、書庫の本の山の中で形よく座ってポーズをとる。なんなんだ。

 結局、1時間半くらいで、非常にスムーズにインタビュー及び撮影は終了、一同引き取っていく。仕事場はまあ、さっくりとではあるが片づき、非常に気分がいい。しかし、くたびれた。昼飯を食い損ねたことに気がつき、レトルトのコーンスープを一杯。8時半から新潟の国営放送局員Yくんと夕食の予定だが、ちょうど時間が空いているので、新宿に出て、サウナ&マッサージ。体重をサウナに入る前に測ったら、1キロ減。これで汗を流せば70キロ台を割る。朝の豆が効果あるのだろうか(それ以外、理由が思いつかない)。

 サウナで一時間、無念無想。肩が凝るとか、体が疲れたというならただ、マッサージだけ受ければそれでよかりそうなもんであるが、必ずサウナで体を火照らせてから揉んでもらう習慣なのは、ひょっとして子供の頃読んだ、芥川の『鼻』、いや、その前にポプラ社の少年少女世界ユーモア文学全集(小学校時代の愛読書)で読んだ今昔物語の禅智内供の鼻の話のリライトのイメージがあるのかもしれない。あの、禅智内供が鼻を真っ赤になるまで茹でて、それを足でぎゅっぎゅと踏みつけ、毛穴から出た白い虫のような芯を一本々々毛抜きで抜き取り、もう一度湯でゆすぐ、という治療法が、子供心にも何か実に気持ちよさそうで、体を指圧してもらう前にはよく茹でてお かなくては、という気になるのである。

 終わって時間ちょうど、参宮橋クリクリにて会食、K子、藤井ひまわりくん、それとYくん。入り口のところに、どこかで見たような顔の一団がいるな、と思っていたが、確認に行ってみたらナンビョーサイトの鈴木くんたち。ここで食事してから、ロフトプラスワンの『耳袋』の深夜企画に行くらしい。Yくんから、新潟でのドタバタばなし。もちろん、ここで書いてはヤバい話ばかりだが。まあ、彼のような年齢は、いま、上からはにらまれ、下からはツキアゲられるという、一番中途半端な立場であるからな。藤井くんは、まったく別のところで、“あなた、カラサワさんの日記に出てくる藤井さんですか”と訊かれたそうな。野菜オーブン焼き、アナゴと菜の花、自家製ソーセージ、クスクスなど。サウナで喉が乾いてビール二本、それからワイン四 人で二本。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa