裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

火曜日

ダジャレのイエス

 汝らのうち罪なきものがまず、このシャレを言え。朝、8時半起床。朝食、薄切りトーストに薄切りにしたラルドをはさんで。コーヒーで小青竜湯、ビール酵母などをのむ。笹沢左保死去。肝細胞ガン、71歳。中学生のころ、図書委員を務めていて、全校読書感想文コンクールの事務仕事をやらされていたとき、私のクラスの応募作の中に、木枯紋次郎シリーズ『赦免花は散った』を取り上げたものがあった。で、果たしてこれを応募作として認めていいものか、担任の教師と生徒たちの間に、ちょっとした対立が起こった。股旅ものなどを学校の読書感想文の対象にすることがそもそも認められない、という教師に、それは差別で、本人の感動にはその対象が文学作品であれ大衆小説であれ、差はないのではないか、という生徒側の主張が真っ向からぶつかり、なかなかスリリングな事態だった。で、どちらもこれではラチがあかんと思ったのか、その決定権が図書委員であった私にゆだねられた。私はそこで非常に政治的な判断を下し、“自分も以前、レイ・ブラッドベリのSFの感想文を提出して却下されたことがあり、文学だけが感想文の対象ではないと思う。しかし、この『赦免花は散った』の感想文は、誤字・脱字が多く、文章の質そのものに問題がある。残念ながら、選考以前の問題として、クラス代表の応募作には価しないだろう”と、これを却下した。教師側からは大岡裁きと賞賛されたが、生徒側からは裏切り者と見えたかも知れない。しかし、実のところ、私はもうその当時、読書感想文コンクールなどというもの自体に嫌気がさしきっており、こんなことでグチャグチャ論争するのがバカらしくて仕方なかったのだ。

 それはともかく、私はそれがきっかけで笹沢左保の小説を読み始め、なかなか面白いと思ったのを覚えている。ただし、この面白さは作者の器用さに由来するもので、深くはないな、というのが十数冊読んでの結論だった。読み終わって次の一冊にいくときにはもう、前の本の内容はすっかり忘れてしまっているのである。そういう作家は多いが、しかし笹沢作品は、例えストーリィは忘れても、タイトルだけは見事に印象に残るのだった。『赦免花は散った』『見返り峠の落日』『雪に花散る奥州路』といった気恥ずかしくなるくらい華麗なタイトルが、当時としてはいかに斬新だったことか。この人の能力は作家としてというよりは、むしろこのようなコピーライターとしてのものなのかもしれない、いかにも現代的だなあ、と感心した。その後、私がこの人の作品のタイトルで気に入っていたのは、『姫四郎医術道中』という、医者で殺し屋、という主人公の連作で、第一作が『嘉永二年の帝王切開』、以降『嘉永三年の全身麻酔』『嘉永四年の予防接種』『嘉永五年の人工呼吸』『嘉永六年のアルコール 中毒』と続いていた。

 インタビュー受けてからもう数ヶ月、返信しないでいた、少年愛者に関するインタビュー記事のゲラチェック、やっとして送る。何度もインタビュアーの谷口氏からは催促を受け、手を入れていたのだが、基本的にこの本が少年愛者弾劾の書ということで、私個人のスタンスをどう手を入れても正確には伝わらないような気がして、手を入れては書き直し、全部書き直そうとしては膨大なものになって放り出し、の繰り返しだった。少年愛者の犯罪に対しては徹底的にそれを否定することは当然なのだが、しかし、少年しか愛せない、という“病”を持つものを、それが犯罪につながることであるから、という理由でその存在自体を否定するまでに至る思考を、私はどうしても受容できない。その存在そのものの悲劇に思考を及ぼしてしまう(吸血鬼テーマによくあるジレンマだが)。何度も自分の考えをきちんと伝えようと手を入れ、いやしかしこれではただの言い訳になる、とか、“お前も少年愛者なのだろう”と短絡的に糾弾してくる馬鹿が必ず出てくる、とか、迷った末に、もうこれはインタビュアーさんの感じた通りに書いてくれてかまわない、と、いくつかの字句の訂正のみに直し、FAXした。

 昼は青山で冷やしたぬき。紀ノ国屋で買い物して帰宅。原稿いくつか。5時、新宿に出て、岡田斗司夫さん一行の八起ツアーに参加。コンダクターは談之助さん、岡田さん、柳瀬くん、フィギュア王Nさん、ウォッチ・ア・ゴーゴー編集Mさん、『マンガ夜話』アシスタントのTさん。それに私と開田あやさんが加わる。ロマンスカーで 相模大野、車中柳瀬くんとダイエットばなし。

『八起』の肉はもう、こないださんざ筆を尽くしたので今日はあまり書かない。あやさんはもう、席につくやいなや箸を手にして臨戦態勢。岡田さんから、食ったもののカロリーの80パーセントをカットするというダイエットサプリを貰って服用する。タン塩、ブラタンにはじまって、後はいつも通り。骨付きカルビ、上ロース、レバ刺し、焼きレバ、ハツ、ミノなど。岡田さんはブラタンとカルビに感動していた模様。 私は談之助さんと、11月23日の八起堪能寄席の打ち合わせなど。

 写真撮影例のごとく、帰りは小田急の快速で。この駅で列車の連結があり、鉄ちゃんの柳瀬くん、その連結の瞬間が見たいと外で待っている。見終わってみんなの席にもどって、私が“列車の連結より彼女と連結する方が先決だと思うのだが”と言ったら、岡田さんが“オジサンというのは同じことを言う。さっきもNさんがそう言って いました”と。

 9時、新宿でみんなと別れ、帰国しているはずのK子に携帯で連絡。クリクリで食事しているというのでタクシーで参宮橋。かなりご機嫌になった母とK子が、なんだかんだと会話している。K子は機嫌がいいときの悪いクセで、毒舌にトメドがない。母は酔ったときのクセで、“パパはカッコよかったわよ”とクダを巻く。少し持てあました。ワイン少し飲み、バーボンを水割りで。みやげ話を聞いて、今後の予定なども少し打ち合わせし、12時過ぎ、タクシーで母をホテルに送りだし、私たちも帰宅 する。

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