裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

火曜日

野沢拉致

 ナポさんがさらわれちゃった!(何か北朝鮮ネタでシャレを作れ、という女房のリクエストで)。朝方、夢というのではないが、猫のトイレの掃除をしなくては、という強迫観念でうなされる。ちゃんとやっていたのだが、丁寧でない、とかK子に叱られるという恐れが、不安定な神経に作用したのだろう。そんなことで動悸が激しくなるのが情けないが。8時起床。朝食はKFCのブレストワンピース。台風の接近で朝から気圧大いに乱れ、なにひとつ頭も体も働かず。これまた情けないが仕方なし。三十過ぎてからこういう体質になり、もう十数年、気力を奮い起こそうとしても無駄な努力であることはわかりきっている。10時ころ、K子から電話。今、成田だとか。追いかけて同じく成田から世界文化社Dさんが電話、原稿は進んでますか、と。仕事熱心な。

 母から電話。昨日の店勤め最終日、花束が花屋を開けるくらい届いて、それを家に運び込むだけでくたびれ果てたという。まあ、ものごとの区切りにはそれくらいのことが必要だと思う。明日、東京に一度出てくるはずだが、果たして台風は大丈夫か。アスペクトの村崎さんとの対談、チェックして戻す。自分の発言ながら、読んでオモシロイ。村崎さんと芸風がこれだけ異なっているのに、妙にかみ合っているのが不思 議である。

 12時、無事、K子フィンランドから帰国。昔、まだ結婚前に彼女がアメリカから帰国したときには胸をときめかせながら成田まで迎えにいったものである。今はもう“あー、帰った?”“うん”というようなもの。それでも雨の中、一緒に昼飯を食いに出る。船山のランチ。フィンランドではトナカイの肉を何度も食ったそうである。“どういう味?”と訊くと、“犬に似てる。馬肉より犬。ほら、韓国で食べた、蒸した犬の肉”と大声で言うので、他の客の手前、たしなめる。

 K子はメール等の確認に仕事場へ。私は家に戻って、遅れに遅れたが以前の少年愛インタビューのテープ起こしチェック。例により、赤入れだと意を尽くさないので、全部私の部分の発言を打ち直す。内容はともかく、書いている最中にどんどん気力体力が失われ、半分書いたところでガクッとモニターの前で気を失う。これはいかん、とベッドに退避。

 きっかり30分、熟睡。だいぶ快復したので、起きて仕事。窓外の雨、強くなったり弱くなったり。戦後最大級とか言ったわりには、大したことなさそう。今日は談之助・快楽亭夫妻と吉原でケトバシを食う約束がある。まさか台風に当たるとは思わなかった。談之助曰く“ケトバシ食いの決死隊だ”。

 6時、渋谷でK子と落ち合い、JRで御徒町まで。K子、疲れていると自分では言うが、私などよりよほど元気。時差ボケはないのか、と訊いたが、最近の飛行機はそこらへんをうまく都合つけるようにフライトするという。機内ではパズル選手権に出た問題を解いていて、あっと言う間の12時間だったそうな。集中力たるや凄いものである。語学本を幻冬舎が出したがっている、と聞いてファイトを燃やしていた。

 御徒町で日比谷線に乗り換え、7時三ノ輪駅。談之助夫妻と落ち合う。雨は御徒町での乗り換えのときはほとんど止んでいたが、こっちではまた降りだし、風も出てきている。しかも目指す吉原中江は、ホームページにも最寄り駅は三ノ輪と書いてあるのに、遠い々々。K子が風で傘をオチョコにしてしまってキー、となったりするいつものこと(ああ、帰ってきたんだな、とやっと実感)があったりの後、やっとたどりつく。快楽亭親子は先に来ていた。“歩いてきたの? 浅草に住んでるわれわれだってタクシーだったのに”と言われた。

 さすがに美味な馬刺、タルタルなどでビール。談生さんの舞台の話などではずみながら、桜鍋。ロースとバラを頼んだが、バラは豚肉のような三枚ではなく、ほとんど脂身。ただし豚や牛のようにギトギトではなく、さっぱり味。八起寄席のことなどを談之助さんと打ち合わせ。ひとわたり食べた後で、快楽亭、“せっかくこんな場所に来たんだから、近くにある肉のうまいもんじゃ屋に行きましょう”と言う。見ると、外は風こそないが雨足、かなりのもの。快楽亭“こういう日に行けばサービスがいいですぜ”と。そういう考えもある。昔、雨降りというと吉原へ出かけていった客がいたというが、まさに場所柄、そういう思考法が浮かぶか。

 芸人というのはしかし、隠れたいい店をよく知ってる。今回のもんじゃ屋は“マニス”というなんだかよくわからない名前。訊いたらインドネシアあたりの言葉で“小さくて可愛い”という意味なのだそうだ。なるほど、小さい店ではある(もっとも、大木屋よりちょっと席数は多い)。快楽亭はもんじゃより実はその前に焼くものの方が好きなのだそうで、ここはカルビが実にうまいという。なるほど、冷凍ではあるが厚さとジューシーさは並みの焼肉屋の肉など比べ者にならない。あと、餃子玉(お好み焼きの中にギョウザの具が入ってる)、快楽亭お勧めのマーボもんじゃ(マーボ豆腐をもんじゃと一緒に炒める。辛口で結構)など。来月、ひえだオンまゆらさんの両親が兵庫から出てくるが、何かもんじゃが食べたい、と言っているらしいので、ここに連れてこよう、と話す。11時ころ散会。談之助夫妻とタクシー相乗り。雨はまだ降っていたが、根津の交差点を過ぎた地点で、窓にあたる雨がピタリ、と止む。運転手さんと驚いて、“今のが雨の境だったんでしょうねえ”と。なにか拍子抜けのような台風騒ぎだったが、それでも新宿大ガードのところの標識塔が、風でポッキリと折れて倒れていた。

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