裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

月曜日

大腸炎アッチョレ人気者

 ひとつ人より病気もち。朝8時起床。朝食、トウモロコシとサツマイモ、モモ。エンドウマメスープ。もっと早く飽きるかと思っていたが、なかなかこのメニュー、続く。体にいいのかどうかはわからないが、少なくとも朝の通じは非常にいい。セミの泣き声しきり。盛夏という感じ。

 原稿書きしばらく。昼は金沢の冷麺。今日は中華風タレ。歯を磨き、井の頭線で2時、西永福のS歯科まで。春に治療終わった歯の検査。西永福は高級住宅地で、松涛ほどコケおどかしではないが、庭付きの瀟洒な家が並ぶ。“石井寿一”という表札の家があったが、まさかあのいしいひさいちではないだろうな。S歯科、歯周ポケットの検査。前歯の差し歯(中学一年のとき、学園祭のお化け屋敷の係をやって、暗闇で机に歯をぶつけて折った)のところがもう、歯根に寿命が来ているが、治療はそこがそのせいで腫れたの出血したのということになってから考えましょう、使えるうちは使っていた方がよろしい、ということになる。他は経過良好。私は歯石取りの治療で口の中を血だらけにされるのを楽しみで(マゾみたいだが、何か自分の体が血と共にキレイになる、というイメージがある)来たのだが、さほどでもないのでまた今度にしましょうと言われ、やや落胆。夏休みで治療に来ていた小学生の男の子、名前を呼ばれたが怖くて表情がこわばり、看護婦さんや母親にいくらうながされても、足が自分の意思に従わず、前に進まない。マンガみたいで面白かった。

 待合室や帰りの電車で、翻訳が必要な資料のコピーに目を通す。渋谷駅からの帰り道、西武デパートで野菜等買い物。帰宅するともう汗だくで、Tシャツからパンツから全部取り替える。電話あり、ロフトの斎藤さん。朗読のテープ録音に、スタジオ代わりに開店前の店を明日あたり使わせてもらえないかと頼んでいたのだが、明日は映画の試写会が入ってしまっていてダメで、今日これからならいいが来られますかという件。どうせ今日はそっちでトークだし、行きますと答えて、あわてて朗読テキストとBGMの音楽のCDを持って新宿へ。

 開店前とはいえ、もう店員さんたちが仕込みにかかっていたり、業者さんがものを届けに来たりと作業が行われている。そこを小一時間がとこ、作業中止してもらって個人の趣味のものを録らせてもらうのはちょっと悪い気がした。とはいえ、ここはもう好意に甘えよう、と、徳川夢声のグロ短編『ポカピカン』を朗読、吹き込み。地の文と会話、そして原稿(作中作)の部分の読み分けなど、気持ちよくやれた。視聴してみたが、読みながら“ちょっと嫌味かな”と思っていたセリフ回しも、まず聞けるものになっている。ただし、一カ所凄まじいミス。“縁というのは不思議なもの”というのを、“ミドリというのは不思議なもの”と読んでしまっている。あちゃあ、と思うが、もう作業は再開してもらっているし、いまさら録り直しは出来ず。この旨、訂正文を入れねばなるまい。

 そのままロフトで待つうちに、今日のイベントの準備ができつつある。今日のプロデューサーの、ロフトの松坂さんに挨拶。斎藤さんの下で、いま企画の修行を積んでいるそうな。今日が5回目くらいだと言うが、なかなか大きなやつを仕掛けたものである。日本の見世物興行の生き字引、最後の興業師”と言われる、しかし表の肩書は“東京都知事認可東京街商協同組合事業部長”とお堅い、西村太吉さん来場。楽屋で少しお話をする。“東京山の手一帯の露天興業師たちを取り仕切る香具師の元締”というと、仕掛人シリーズの音羽の半右衛門を彷彿とさせる。声といいしゃべり方といい、いかにも半世紀を呼び込みで鍛えたノドである。

 日本見世物学会というものがあり、郡司正勝氏が創始して、山口昌男氏が現在の取り仕切り人だそうな。今度の総会にぜひ、と誘われる。K子がUA! ライブラリー売りに来たので、『奇形児』を一冊、進呈。喜んでいただき、“これはぜひ、次の学会でみなさんに見せる”と言ってくれる。今日のイベントは、本来松坂さん司会、西村さんゲストだったのだが、やはりこういうことに詳しくて、進行がきちんと出来る人、ということで急遽私が呼ばれたのである。会場、80人ほどの入り。なかなか。人前でしゃべることに慣れている人のサポートは楽なものだが、慣れているだけに一方的なしゃべりになってしまいがちであり、私はそれに相づちを入れたり、西村氏には熟知のことでも観客には説明が必要な事項について訊き返したり、楽屋で話したことを壇上で話したとカン違いして(慣れてないとやりがちである)飛ばしたりしたところをもう一度話してもらいようフォローしたり、といった細かいナビゲーションを努める。内容は無茶苦茶に面白いので、こっちにとっても非常に楽しい仕事となる。西村氏も、さすがにしゃべりのプロで、終わったあと、
「センセイがこちらの話をお客さんに噛み砕くようにして伝えてくれたので、私も楽だしお客さんもリラックスできて、今日はよかった」
 と司会技術を認めてくれる。プロ中のプロに褒められたわけで、なかなかに面目をほどこした。“慶応のK先生より司会がうまい”と言ってくれる。学術的発表会などでの司会は堅苦しいばかりで、司会者がまずかしこまりすぎ、聴衆も膝を崩さず、あまりにシャッチョコばって、話しにくいそうだ。講演者が香具師の人なら、それに合わせて話しやすい環境を作るのが司会者及び主催者の役割だと思うのだが。

 休息時間、知人に挨拶。裏モノ関係はIPPANさんのみ。近藤しげるさんが、ご夫婦で来ていた。あと、原口智生さんも来ていたし、亀頭たける氏は楽屋まで挨拶に来てくれる。後半からはベギちゃんも来た。昨日は全裸でしっかり稼いできたそうである。しかし、壇上でしゃべっていて一瞬、目を疑ったのは、と学会MLで行方不明と話題になり、この日記上でも何度も消息不明と書き、一昨日の落語会の打ち上げで睦月さんがぽつんと“彼ももう、ダメ(生存の希望ナシ)かねえ”とつぶやいた、奥平広康くんがツラリと、いつものニコニコ顔で客席にいたことである。

 休息時間、急いで席に行くと、こっちを見てアハハハハと例の如く超俗的に笑い、“カラサワさん、こないだ北朝鮮のオレンジ酒っての手に入れたんですよー。カラサワさんにも持って来ようと思ったんですけど、さすが北朝鮮で、酒はうまいんだけどビンの造りがユルい! 横にしておいたら全部こぼれてしまって、部屋じゅう酒臭くなって往生しました〜、アハハハハ”と、まったく変わらず。心配させやがって、と背中をどやして、なんで連絡しないの、と訊くと、引っ越しや転職ですっかり忘れてましたあ、とのこと。拍子抜けであったが、まず無事でめでたい。夏コミにも出店するそうである。こっちの同人誌に“行方不明”と書いてしまったんだがな。

 相手がご老人ということもあり、トークは一時間いつもより早く十時で終了。質問コーナーで、いつも客席の中央に陣取っては熱心にメモを取り、質問にも手をあげてラチもないことばかり訊くHという名物おじさんが手を挙げたが、今回も質問はどうしようもないものだった。もう一組、二十代後半か三十くらい(?)の女性二人組が質問してきたが、これがやたらマニアック。アップリンクで見た見世物ビデオを手に入れたいのだけれども、と質問する。西村さんが、じゃあそれは見世物学会の事務局に言って、私から送らせましょうといささかサービス過剰なことを言う。

 トーク終了時に、西村さんが“日本に神社仏閣がある限り、見世物は不滅です”と非常にいい言葉で締めくくってくれて、やれよかったと思ったのもつかの間、さっきの女性二人が、西村さんを通路でつかまえて、いろいろ話しかけて放さない。西村さんは住所を聞いて連絡するから、と親切に言ってあげている。ああ、あまりこういう風にお客に親切にしすぎるといけないんだがな、と脇で心配になる。松坂さんが気を利かして、私通しで連絡しますから、などと話を引き取り、西村さんを楽屋へ連れ帰るが、その二人組のうちの、よりお水っぽい一人が、“帰ろうと思ったらお姿をお見かけしたんで”と、リクツにもならぬリクツを言って上がりこんできて、もろ、ホステス掛けで西村さんの隣りに座る。目が尋常でない。……なんと言うか、“ねらってる”目である。自分より若い女性はみないい子に見えるのがおじさんの特長、とこないだこの日記に書いたが、西村さんには可愛く見えたかもしれない(内田春菊の顔の輪郭に目鼻を少し小さめにした配置)。しかし、私にはちょっとゾッとする代物。若い頃、北海道で遊んだ話などを西村さんが口にすると、“まあ……おモテになったんですね”と、上目使いに、ちょっとにらむようなスネるような視線を投げる。爺さん食いか、この女、と、恐怖する。このタイプはとことん苦手なのである。私一人ではどうにもならぬ、と階下(現在のロフトの楽屋は文字通りのロフトにある)に助けを求めに行く。幸い松坂さんが上がってきて、いい具合にあしらって返してくれた。

 西村さんを送って、ベギちゃん、亀頭たけるさんを誘い、お好み焼き屋へ。扶桑社の本のことなど。K子は徹底して意地悪モードでベギちゃんをツッツく。ベギちゃんは、こないだ日記に私が書いた宇多まろんとの風俗漫才、興味があるそうな。あと、Dちゃんがロフトに来るのを嫌がっているのは、あそこに幽霊が出る、と言う理由なんだそうな。斎藤さんが帰り際に“それって出演断る口実ですかねー”と言うが(誰でもそう思う)、ベギちゃんによると、彼女、マジに見えているらしいとのこと。ドイツの幽霊(山本会長の書いたもの参照のこと)だったらオモシロイ。ミックスお好み焼きに梅干しサワー2杯。1時に解散。帰宅したら中学時代の級友のAから、夏に東京にいる同窓生で会をやるから連絡くれとの留守録。Aの連絡先を、私は失念しちまっているのだが。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa