裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

金曜日

扁と腺

 松本清張描く咽喉科医の完全犯罪計画。朝7時45分起床。日本酒のあしたは寝汗淋漓。朝食はトウモロコシ、サツマイモ。クレソンとコーヒーのミルクを切らしていた。果物は桃。日記つけが手間取る。11時過ぎになって入浴。メールやりとりいくつか。こないだこの日記に“堪能倶楽部会誌、読みたければお送りしますのでご一報を”と書いたら、翌日もう注文が来た。そこの編集部とメールやりとり。ありがたいことである。ただし、発送はコミケ(8月11日)以降になるのでご了承を。

 外の天候は不安定なようである。と学会関連のことで、安く便利に使えるホールをネットで調べる。東京都内のホール、ライブハウス類の案外多いことに感心。興味を広げて、講演テープの制作スタジオなどもちょっと調べて、いくつか問い合わせ電話かけてみる。

 昼はナスの味噌汁とご飯。札幌からの煮物類を片付ける。明日からは金沢のSさんからお中元でいただいた冷やし中華がある。楽しみ。NHKのYくんから電話。東京での最後の仕事が終わったとの報告。8月末から彼は秋田放送局勤務なのである。

 コミケ用ペーパーの図版をコピーする。ざっとした見本をこれで作り、平塚くんに原板を作ってもらうのである。コピー機まわりの暑苦しさに閉口。トナーが少し汚れているようなので、サービス会社に電話。雑用をよく片付ける日である。4時、そのコピー持って家を出、新中野平塚事務所。桃をおすそわけ。ざっとデザインの打ち合わせと、これらの仕事の支払いの件のことなど。平塚くんの奥さんにコミケのことを説明。おもしろおかしく話したら興味を持ったようで、“一度行ってみたい”と言い出す。平塚くんも、“自分の装丁した本が三冊も(と学会誌、堪能倶楽部、私の)並んでいるのを見る機会はそうないだろうから”と、まんざら嫌でもない様子。今回の同人誌原稿データを印刷所に持っていったら(容量が大きいので、ディスクを直接印刷所に持っていく方が早い)、来る客来る客、そこらの青焼き、全部夏コミ用の同人誌関連だったのに驚いたそうな。

 そこを辞去して、丸の内線で新宿に戻り、伊勢丹で明日の朝食の素材等、買い込んで、今度はJRで御徒町まで。立川談生独演会。入り口に並んでいたら、わきを多分鈴本の出がすんだのだろう、川柳師匠が瀟洒な麦藁帽姿で通り過ぎた。最近マスコミに登場する機会が増えたせいかこの師匠、非常に服装とかがソフィスティケートされてきた。入るとカワハラさんが私に“いま、楽屋にブラック師匠もお見えです”と教えてくれたので、明日よろしく、という挨拶など。見ると快楽亭、もうかなりご機嫌で、談慶さん、こしらくんなどと談生をサカナに、キツいジョークを飛ばしている。川柳師匠はソフィスティケートされたがこっちの師匠はもう、駅構内の困ったおじさん、という風情。マスコミへの登場度は同じくらいなのだが。もう談生さん、すっかり閉口の体で大苦笑。私も話に引きずり込まれる。“うらまれてまっせエ”“そら、オレじゃないよ、ツルだよ!”とかとか。

 客席にはQPハニー氏、傍見頼路氏、IPPANさんなど知り合いの顔。私のファンの子も何人か。談生、礼により出てきてドチャ、と独特の礼。絶食入院ダイエットをテレビの取材で体験したそうで、顔がいつもよりかなり縮んでいる。その分、いつもよりやや迫力がなく見えたが、これは楽屋に快楽亭がいるのを気にしてのことか。落ち着かなく高座で上体を立てたり座ったりするのはまあ、いつものことで、この人くらい、一席ごとに袴をしわくちゃにする噺家さんもちょっといない。マクラにK子監督の『不思議の国のゲイたち』がらみの話があって、一席目は新作の『原発息子』でキメ、二席目は『火焔太鼓』でキメそこね。客の方も、“火鉢と甚兵衛さんと一緒に買っちまったみたいだ”というようなオリジナルにあるギャグで大笑いするのはいかがなものか。一席目と二席目の間に、出囃子で“青い目をしたお人形は……”が流れ、私の後ろの席でQP氏が“エッ?”というような声をあげた(これは快楽亭の出囃子。談生は“野球拳”)。見ていると前座の着物を借りた快楽亭が上がって、無表情のまま座布団を裏返して、そのまま下がる。客席爆笑、大拍手。高座返しに出囃子がついたのは開闢以来だろう。

 で、中入り後、本日のトリネタ、大作『地獄八景』。前もってしつこいくらい“米朝師匠のとは違います”とフッていたが、そんなもん、誰も期待しちゃいない。こういう噺ならもう、どこまで談生オリジナルにしてくれるかが楽しみだったのだが、いや、実際にオリジナルバージョン、楽しませてくれたが、談生作品として、しかも地獄などというテーマを扱っているにしては、ずいぶんと軽め。さっさと進む。もっとネチネチと地獄の描写をやってくれると思ったが、とんと家元の『幽女買い』の雰囲気であった。快楽亭がずっと客席に陣取って聞いていたという緊張もあったのかも知れないし、ダイエットで体力が落ちていたせいかもしれない。古典の中でも、トンカツとステーキにカレーをかけたようなコテコテの大作なのだから、もっと演じる方も聞く方もくたびれ果てるような熱演を期待したいところだった。ただし、本人も“これは今の段階での『地獄八景』”と言っていたから、これからどんどん発展させていけば、十年後にはこのネタは談生、となる(家元の『源平盛衰記』みたいに)ものではないかと思う。

 前もって“今回は打ち上げはやりません。劇団旗揚げの打ち合わせにします”と告知していたのだが、快楽亭が“エーッ、打ち上げやらないのォ? そんな落語会はないよォ”とゴネ、しかも“今日は談生さんのオゴリ! なにしろ(以下略)”と大はしゃぎで、お客さんに日暮里落語会のチラシなどを配って“ぜひぜひご贔屓に、イーヒヒヒヒヒ”などともう、大酔っぱらい大会。上野市場で席を別れて、一方で談生さんやスタッフたちがマジに芝居の打ち合わせをしている脇で、こっちはキウイばなしで盛り上がる。私も新芸(ロフトの二次会で必死に顔に笑顔をハリつけているキウイの形態模写)を披露。10時半まで明日の打ち合わせとダベり。そこからタクシーで渋谷まで。花菜でK子と待ち合わせ。さすが26日で満席、外のテーブルで飲む。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa