裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

月曜日

フェルプスの少女ハイジ

「そこで君の使命だが、クララを車椅子から立たせることにある」(声・大平透)

毎朝寒くて寒くて。
夢の中で見た本に“ドクター・ヒディアス”という名前が出てきた。
なかなかカッコいい。B級映画なんかに出てたかな?

9時起床。
窓の外、薄曇っていて寒々しさ限りなし。
打ち合わせトンだので本日は予定に穴があく。
こういうときにたまっている原稿を……とならないのがダメなところ。
この一週間の仕事の進んでないことにはちとゾッとする。
きちんとやらないと、と思いつつ催促が来ないと動かない。

昨日の『社会派くん』原稿チェックに足りないところあり、
追加して送る。それからアマゾンにて資料本を十冊近くまとめ買い。
12時、昼食如例。鯖の塩焼きと茶碗蒸し。
いささか行儀が悪いが茶碗蒸しをご飯にかけて食べる。

自室で原稿。
テレビはオリンピックばかりなので見ず。
気圧のせいで鬱々。
訃報二つ。
ひとつは競馬ミステリで有名な作家、ディック・フランシス、89歳。
『本命』『大穴』『興奮』『転倒』といった二文字のユニークな
タイトルの作品を量産した(二文字なのは日本の翻訳でのみ、
だが原題もたいてい短い)。訳題が二文字なのはフランシスの
専属翻訳家の趣さえあった菊池光氏のアイデアなのか、
出版社の指示か。何にしてもその認知に、効果は抜群であった。
大学時代、友人と、『失禁』『早漏』『鼻毛』などと“読みたく
ないディック・フランシス”なんて冗談を言い合ったことも
あったなあ。

『本命』の映画化作品のタイトルが『大本命』(1974)で、
そのときはまだ原作を読んでいなかったが、“喜劇じゃあるまい
し、センスのない邦題だなあ”と思った。原作の邦題の決まり
(笑)を知っていたらなおさらそう思ったろう。内容もトニー・
リチャードソン監督にしちゃさえない映画だった。札幌の
映画館で、なんかの併映で見たのだったと思う。
ちなみに、“犯人は必ず召使い”というジョークを初めて聞いた
のがこの映画で、だった。

それはともかく、デビュー2作目の『度胸』刊行が1964年、
それから2000年の病気による擱筆まで、36年間、途絶える
ことなく毎年新作を発表している(擱筆後も2006年に復活して
いる)のは凄い。こんなことが可能なのはスタイルが統一されて
いるから、というと聞こえがいいが、要するにどれを読んでも
同じというくらいマンネリの極地の作風だったからで、
それがファンにとっては嬉しいフランシス節であり、そうでない
人間には“またかよ”になる。確かミステリマガジンだったかの
パロディ特集でフランシスのパロディ作品があり、とにかく
主人公がやたら痛めつけられるという描写で大笑いしたことが
ある。

さすがに私が読んだのは初期の4〜5作に過ぎないが、また
箱から掘り出して読んでみようか、という気分になった。
あの頃にはわからなかった、英国の文化と競馬というものの
関係について、今ならもっと読み取れるものがあるかもしれない
と思うからである。
黙祷。

夕方には井上梅次監督死去の報。86歳。
『ガメラを創った男』の中で、湯浅憲明監督が、最も自分の映画
作りに影響を与えた監督、と言っていた人。
『大怪獣ガメラ』の監督を命じられた湯浅監督が真っ先に相談に
行ったのも井上監督。彼はその台本に目を通し、即座に、
「湯浅くん、これは演出やない、計算で撮る映画や」
と言ったという。
いかにも職人監督らしい言であるが、それは井上監督が芸術的センス
のない人である、ということでは決してない。

邦画6社を股にかけ、時代劇からギャングもの、ミュージカル、
アイドル映画までおよそありとあらゆるジャンルの映画を撮りまくった
職人監督だが、これだけの幅の広さを持っていた井上監督の、
その底力のもとは、イメージ力だ、と湯浅監督が言っていた。
台本を一回読んだだけで、そのシーンがどういう絵になるかが
イメージできる。そして、その絵を作るためにはどういうセットを組み、
カット数はどれだけ必要で、それにかかる時間と費用はこれこれ、という
計算を瞬時に組み立てる。その計算を底においたイメージ力こそが
映画という商業芸術に必要な能力なのだ。

円谷英二を擁する東宝の一手販売であった怪獣特撮を、それに対抗して
初監督する愛弟子に“計算”と教えた井上監督。例えば自身の奇想天外な
ミュージカル作品『黒蜥蜴』も、イメージの暴走をきちんと形にして
まとめあげてしまったのは、その類い希なる計算力あればこそ、と
言えるだろう。逆に言えば、金と時間の計算さえ帳尻があえば、
映画なんてどれだけ好き勝手に作っても成立する、という開き直りさえ
あったような怪作であった。

その計算力は自分の人生に関しても発揮され、映画が斜陽化すると
すぐテレビに足場を移して明智小五郎シリーズや必殺シリーズを撮り、
また香港のショウ・ブラザーズには映画の先生格で招かれ、
アイドルブームが起きればジャニーズと提携して近藤真彦主演で
自らの『嵐を呼ぶ男』をリメイクし、自作を常にドル箱にしていた。
湯浅監督も
「その資産がどれだけあるか、見当もつかない」
と冗談めかしながらも言っていた。現在、映画は儲からない商売に
なってしまっている。儲からないのではなく、儲ける才能を映画の場で
発揮する、井上梅次のような計算力のある人がいない、ということ
なのではないか、と、ふと思ったりもする。
そこらへんをもっと、日本の映画人は監督から聞いておくべきでは
なかったか。
ご冥福をお祈りする。

演劇祭のアオリ文句を書いたり、なんだり。
夜になってテレビをつけたら、『萬屋長兵衛の隅田川事件ファイル』
というドラマをやっていた。バラエティみたいなノリで、
まあボーッとしながら見るのには格好なものかも。
警部役の西田健、そう言えばこないだの『剣客商売』に、
ハリケンジャーの日向無限斎そっくりの格好で出てきていたな。

原稿書き。10時過ぎ、夜食。酢辣湯を作ってまず一杯は
スープで飲み、それにケチャップ少々と生姜の絞り汁をくわえ、
片栗粉のとろみをさらに濃くして、ご飯にかけて酢辣丼。
これを酒のつまみにもする。あと、オクラおろし。
氷結小缶一本、黒ホッピー三杯。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa