裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

木曜日

ぼくはツイッター、1000年の未来から

時の流れをこえて20世紀なう。

※浅草ダンナさん会

朝10時起床。
夢の中で私は
「人が1分で言うことを10分かけてまわりくどく言う男」
というキャラ。何故かポスターのように壁に貼られた女性の顔に
向い、ダラダラべらべらと意味のないことをしゃべり続けるうち、
本当に口が動いていたのか、リアルに舌の先を噛んでしまい、
痛くて目が覚めた。

朝食はカレーパンとコーヒー。
日記などつけ、入浴、服薬。
この歳になって初めて知って“へえ”ということはいろいろあるが
映画『あしやからの飛行』(1964.未見)の“あしやから”が、
“芦屋から”であることを今日やっと知ってひえー、と思う
(原題“FLIGHT FROM ASHIYA”)。
芦屋基地(福岡)から遭難者救助に飛び立つ米軍機の乗組員たちの話で
あった。……私は子供の頃から、てっきり“アシヤカラ”という
何かエキゾチックな単語だと思い、阿頼耶識(アラヤシキ)と
関係あるのかしらん、などとノンキに思ったりしていた。
……いや、確かにバカですけどね、そういう意味なら何で
“芦屋から”と漢字で書かぬ。“あしや”だなんて、駅名看板
じゃあるまいし。

12時、家を出て、丸ノ内線で赤坂見附、銀座線に乗り換えて
浅草。利尿剤をのんでいたので途中でトイレに行きたくなって
まいる。浅草について仲見世通りのトイレに駆け込んで事無きを
得た。

20分ほど遅れで5656会館。なんと325席あるホールが
補助椅子出しきりで満員、二階席に上げられたが、そこにも席がなく、
手すりのところに腰をかけてみる。見晴らしはこっちの方がいい。
それにしても、これほどの満員御礼とは、談奈おそるべし。

すでにお目当ての一人、三四楼の『寿限無』が始まっているところ。
寿限無を“ジュネーブ、ジュネーブ”から初めて、繰り返す部分の言葉が
毎回違うという凄まじい改作だった。三四楼個人のキャパシティも
越えてしまっているのだが、そこが笑えるという。

それから談奈、まくらで一年休んだ勉強会を再開させたことについて
例の貧乏ばなしやダーリン先生、師匠・左談次のエピソードなどを
混ぜてちょっと長くやり(やはり後で師匠から“あいつはまくらが
長すぎる”とツッコミが入った)それから『権兵衛狸』。

さらにいとうあさこの浅倉南コスプレ漫談。
39歳でかなり売れっ子になってきていて、こういうのを見ると
乾きょんがんばれ、と思う。

ここで中入り。
ロビーに出てノリローさんなどに挨拶。トイレ前でカラサワさん、
と声をかけられた。
「ワタナベカツミです」
ちょっと驚く。

もちろん、ワタナベカツミと言っても、あの美声のなべかつ氏
ではない。渡辺勝巳と書く。
今から20年前、私が伯父の芸能プロダクションを引き継いでエンヤコラ
やっていた時に、そこの事務所のアルバイトとして働いてくれた人だ。
その頃はうちももう、事務所をたたむ末期で(もともと、伯父の作った
借金の後始末をするために存続させていた事務所だった)、
怪しげな人物は出入りするわ、伯父自身は鬱病をこじらせるわで、
私も大変だったが、ナベちゃんも大変だったと思う。

それでも、もともとヒーローショーで仮面ライダーの中に入ったり
演芸が好きで寄席に通い詰めをしていたような人物。
潮健児さんの付き人をして潮さんの地獄大使とSF大会で
仮面ライダースーパー1のショーをやったり、あるいは伯父と
一緒に地方の寄席に旅興行をしたり、という生活が気に入って
いたのだろう、安月給に文句も言わず、よく勤めてくれていた。

やがて、予定通り(?)プロダクションは解散、私はモノカキオンリー
の暮しに入って、早、20年が過ぎた。いつの間にやらモノカキが
オンリーではなくなって、芝居をやるようになどなってしまったが。

もう40代半ばのはずだが、ヒゲに白いものが混じっている他は、
変わらぬ童顔。
「えーっ、ナベちゃんか? なんでここに?」
と言いかけて気がついた。そうか、プロダクションを解散してから
伯父が個人で芸術祭などに参加する際、まだブラ談次だった頃の
談奈がよく手伝ってくれた。そこを、ナベちゃんも昔のよしみで
仕切っていてくれたのだ。

「今、何やってるの」
と訊いたら、
「自分の劇団やってます」
とのこと。
「えーっ、まだ芝居続けているの?」
「カラサワさんはよく、あちこちで顔を見かけますよ」
「うん、いや、でも、実はオレも芝居やってるんだよ」
「脚本ですか」
「それもやるけど、主に役者として舞台に出てる」
「えーっ。何やってんですか(笑)」
「いや、それはナベこそだよ(笑)」
と笑い合った。
劇団カンタービレ。
http://www.theatrical-cantabile.com/members.html
去年作ったばかりの劇団らしい。他に、寄席も企画しているとか。

私の芸能プロダクション時代は、思えば苦労ばかりのひどい時代では
あったが、談之助やブラックをはじめ、多くの芸人さんたちとの
つきあいが出来た、充実した時期でもあった。
その時期を一緒に過した仲間が、今もそのときの楽しさを忘れられず、
芝居の世界に足を入れ、自分の劇団まで持つに至っている。
何か、自分の青春が無駄でなかったような気がして、嬉しくなる
再会だった。

あ、“女房です”と、可愛い奥さんも紹介してくれた。
ハッシー、負けてる(笑)。

他に傍見さん、QPさん、前座名人さんなどにも会ったし、
二階席から下をみたらぎじんさんもいた。
あと、よくロフトでポスターを見かける佐々木孫悟空さんに
挨拶され、名刺交換。

中入後は師匠、左談次。途中で赤ん坊が泣いたときのリアクション
が全盛期の談志を思わせる。テレビでやったら大炎上だろうが。
噺は『大安売り』でマタカイだったが、朝青龍問題が熱いいまは
キャッチーな噺か。相変わらずのぶっ翔んだ比喩がいい。
「相手の骨折した足首に蹴込みを入れ」
「ヤコペッティみたいな野郎だね」
なんてくすぐりはわかる人がどれだけいるかな。

で、渡辺くんも私もさんざお世話になったボンボンブラザース
さんの変わらぬ芸を堪能したあと、談奈の『ねずみ』。
途中で私のすぐ側に座っていたおじさんの携帯が鳴り出し、
噺がちょっとストップするというアクシデントがあった。
おじさんも、席は立ったがその後ろの通路で堂々と話を始める。
連れがあわてて止めていた。
まあ、これも浅草。

談奈の『ねずみ』、正直言ってまあまあ、と言った出来。
左甚五郎の大きさも、腰の抜けた親父を助けて宿屋を
切り盛りする幼子のけなげさもまだまだ出てない。
それでも聞いてて気分がいいのは、談奈の人のよさが話から
にじみ出るところだろう。あとひとつ、ブレイクに必要な
フラの面白さが彼に加われば、と思う。

ところで、この話のオチは甚五郎の彫ったネズミが、ライバルの
彫った虎におびえて動かなくなってしまい、甚五郎に
「あんな虎が怖いか」
と訊かれて
「え、虎かい、ありゃ? 猫かと思ってた」
というものなのだが、猫を怖がるネズミなら、虎はもっと
怖くないかね? 子供のときからずーっと気になっていたのだけど。

談奈に挨拶。打ち上げに誘われたがいろいろ雑用もあるので
辞去、地下鉄で帰宅。
遅れているフィギュア王原稿にかかる。
半分くらいやったところで気圧に負け、放棄。
浅草の三定で買ったハゼとエビの天ぷらでホッピー。
一尾150円のハゼ、旨し。350円もするエビは旨くなし。
あと、カツオの手こね寿司。
YouTubeで予算審議の模様など見て、1時就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa