裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

水曜日

はい、タコカクター

♪空間を自由に移動したいな〜。これも元ネタ(歌がドラえもんってのはわかるだろうが)がマニアックだな。タコ・カクタはドイツの大長編スペース・オペラ・シリーズ『宇宙英雄ペリー・ローダン』に登場する、テレポーテーション能力を持った日本人。この作品は、広島と長崎に落ちた原爆のせいで日本には超能力を持ったミュータントがたくさん出現している、というトンデモない設定なので、シリーズ初期の頃は日本人キャラがたくさん出てくるのだが、それがみんな変テコな名前ばかり。タコ・カクタはじめ、イシ・マツ、タマ・ヨキダ、キタイ・イシバシなんてのがいるかと思うと、ノモ・ヤトゥヒンなんてのも出てくる。われわれの世代のSFファンにとっては、どれも中学・高校時代に熱中した懐かしい名前であった。唐沢なをきの『けだもの会社』に、天狗のキャラクターで“瓜生天狗”という名前のが出てくるが、これもこのシリーズに登場する日本人、ウリウ・セングへのオマージュ。ついでに言うとこの天狗、天狗のくせに何故かタコの形をしているのだが、これはタコ・カクタへのオ マージュなのか?

 朝、8時15分起床。二日酔いではないが、寝が足りず頭がボーッとしているし、前身が筋肉痛のように痛む。酒が残った朝は体の節々が痛むのは何故だろう? 胃がムカムカするし、喉が腫れている(刺激の強いショウガやミョウガをバリバリ食ったせいであろう)。胃薬と、頭がボーッとして仕事がはかどらないので本当は服用がた めらわれるのだがイブを一錠だけ用いる。朝食は豆サラダ、二十世紀。

 1時、上の階の水漏れでシミになった壁紙張り替えの工事の見積もりが来る。壁紙のデザインというのは2年くらいで総取り替えするので、同じ仕様のものがなく、こういう場合にはどうしても張り替えたところで色や質感が変わってしまうという。いかにも戦後日本的な軽薄さである。新しいもの、新しいものと追いかけていって、長年なじんだイメージを大事にしようとしない。その結果、文化的に非常に薄っぺらな社会が出来てしまう。……まあ、文化論はともかく、見た目にみっともなくないようにするには、かなり大きな範囲での壁紙張り替えが必要になるが、この間やってきたサービス会社の人は、無料サービスの範疇で出来る張り替えはあくまで被害箇所のみでしかない、とこっちに強調していた。今日きた現場作業員らしい人は、壁全体で、なんとか色の違いが目立たないように張り替えましょうと言ってくれた。ただし、そ の見積もり結果に合否の答が出るのは早くて2、3週間後だそうな。

 昼は牛スジカレーの残りを温め、冷や飯にかけて。あまり食欲はなし。無理もないか。四コマ用ネタなどを調べ、2時、SFマガジン原稿を書き出す。こっちの調子はよろし。3時、時間割へ。ちくま書房Mくんとスケジュール打ち合わせ。このあいだの座談会のテープ起こし原稿を見せてもらう。全部活字にすると50頁以上になってしまう。写真も見せてもらうが、なかなかいい感じというか、みんなとても噺家に見えないスガレた感じで撮れている。やはり高座の写真も欲しいですね、と言ったら、じゃあみなさんのブロマイドを借りましょうか、とMくん言うので、いや、お笑い芸人のああいう写真はもう二十年も前のものをずっと使ったりしているので、撮り下ろ した方がいいです、と言っておく。快楽亭のものなど、別人としか思えない。

 4時帰宅、SFマガジン原稿再開。資料を調べに書庫に入り、洋書の棚の下の段を四つン這いになって調べていたときに、ドグ、ドグという感じで、地面の底からノックするような強い立て揺れ。続いてヌンヌン……と横揺れになる。もし大震災レベルだったら本につぶされて死ぬかも、と一瞬思った。なんとか無事、しずまる。テレビつけて見るに、大した被害もない模様。ただ、しばらく書庫には入らないでおこう、と思って、その資料は結局使わないことにして原稿書いてたら、地震から1時間ほどして、ドシャッ、という音。何か落ちたか崩れたか、と思い書庫を見渡すと、さっきもぐっていた第二書庫ではなく、納戸兼用の第三書庫の方で、書棚の上に平積みにしていた早川の銀背の山が下に落ちて散乱していた。先日、図版写真用にH・G・ウェルズの作品集を山の下から引っこ抜いたので、バランスが悪くなっていたのだろう。見ると、踏み台がわりに使っていた丸イスのクッション部分に落っこちた本の角の部分が当たったらしく、ひびわれた様にそのクッション部分のビニールカバーが破けていた。これが自分の頭だったら、と考えたら少し怖い。それにしてもSFマガジンの 原稿書いているときに早川PBの銀背が落ちてくるとは。

 5時、再び時間割にて、ワニマガジンK氏と打ち合わせ。本当はここまででSFマガジン片付け、イラストの井の頭こうすけ氏に図版ブツを宅急便で送付し、その後、凝り固まった肩をマッサージで揉んでもらって、という予定でマッサージ予約も入れていたが、残念ながら予定通りにはいかず。マッサージは解約する。ワニマガは、一行知識四コマ雑誌を出すという話。原作、ネタ出し、表紙にトリビアのスーパーバイザーという名前を入れさせてくれるかとかの談合。内容は問題ないが、現時点のスケジュール押さえがなかなか難しい。私ばかりでなく、マンガ家さんは年内はすでに年末進行スケジュール、冬コミスケジュールなどを入れてしまっている人がほとんどだろう。果たして来年2月刊行、可能か? と思う。K氏は以前、ワニマガで私とK子の担当だったS氏の下にいたという。あのときもスケジュール問題でS氏と衝突し、 その雑誌とエンを切るハメになったのであった。

 打ち合わせの途中、
「……ところで、この雑誌、総制作費ってお幾らくらいなんです?」
 と訊いて、返ってきた答に驚く。十数年前にレディースコミック丸々作っていたことがあったが、その雑誌とほぼ同額。十年上がっていないのか。マンガにパワーがなくなった、と騒がれているのも無理はない。才能というものは、それを換金できる分野に群れ集まるのである。コンビニで図版ブツを送って、帰宅して、SFマガジン続き。7時に図版キャプション、執筆者コメントなど全て揃えてメール。間に一時間半の打ち合わせ時間をとられて、10枚の原稿に5時間。実質3時間半として一時間三枚。まずまず、プロとしては普通レベルか。もっとも、この計算には“質”が含まれ ていない。今回のもだいぶヤッツケ的ではあった。

 8時に家を出て、マークシティ下の小路の『細雪』で、カルチャーセンター帰りのK子と待ち合わせ。今日はかなりの混み様で、少し早めに入って待つ。K子はフードジャーナリスト講座というのを受けようかと思い行ってみたのだが、出てきた先生がガリガリで、この三日で二時間くらいしか睡眠をとっておらず、フードジャーナリストの最低条件は一日四食、フルコースのフランス料理を食べられる胃袋だ、と聴いてオゾケをふるって帰ってきたらしい。しかもその先生の専門は洋菓子だそうで、このあいだ、洋菓子の本を出すのに、2000個のケーキを自腹で買って食べたそうである。“私は、私の好きなものだけを食べてフードジャーナリストになりたいの!”と K子。そんな気楽な仕事があるものか。

 細雪、例の如く腸詰、レバ唐揚げなどうまいが、ここは品切れが多いのも特徴で、今日は特にそれがひどく、最初に頼んだ台湾風冷や奴が品切れ、トマトサラダも品切れ、〆にと頼んだ焼きビーフンと茹で餃子が共に品切れという状況。やむなく出て、兆楽で餃子とミソラーメン食って帰る。K子は満足だったようだが、フードジャーナリスト志望の人間の夕食じゃないねえ。

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