裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

土曜日

夢もチボーもない

 チボー家の人々はやけになっていた。これが本当のチボー自棄。朝8時まで寝る。それまでに三回ほど目を覚ますが、目覚め際に毎回夢を見る。森卓也と旅行をしている夢、女子大生の就職の面接みたいなことをする夢など。森卓也の夢では、彼が私に著書を見せてくれて、その本の中の引用文のところが、特殊な仕掛けで文がスクロールして全文検索ができるようになっている。なるほど、これは便利だと思ったが、これはこの数日、原稿の資料検索でずっとネットをのぞいているからであろう。朝食、ポケットブレッドに魚のフライをはさんで。果物はデコポン。

 海拓舎をやらねばならんのだが、なにしろ連載の〆切がキツキツ。午前中は週刊読書人。取り上げる作品、予定を変更して昨日の『バットマン/マッドラブ』(小学館プロダクション)にする。ハーレイ・クインが、ジョーカーとの幸せな共白髪までの結婚生活を(勝手に)夢見るシーンはなんべん見ても笑え、うるうると泣ける。『うる星やつら』のラムのキャラクターが絶対、入っていると思う。それともラブコメもの少女マンガか。作画のブルース・ティムは高野文子が好きだというくらいのマニアだそうだから、日本のラブコメもきっと見てると思うのだが。カンケイないが、この原稿の資料検索中に、『ホットミルク』休刊していたことを知る。いろいろと思うこと多し。

 昼は札幌から送ってきたカレーと目玉焼き。カレー、すでに少しスッパイ。冷凍しておけばよかった。FMISTYのUFO会議室、また荒れてるよ。ホントにここは仕方ねえなあ。流れの中で“裸の王様”という言葉が出てきたのに関連して、ある参加者から“「王様は裸だ」と言った子供って、なんて野暮なんだろう。俺だったら、テキトーに調子をあわせて「裸な王様」を陰で嘲笑います”という発言がある。陰で嘲笑うかどうかは別として、確かにこのガキは昔から嫌いだった。と、言うより、あの童話は、“馬鹿には見えない服”という奇想天外なるアイデアを思い付いた仕立屋二人組こそが真の主人公であり、そのおもしろさで話はもっていると思うのである。私は初めてこの話を聞いた子供のころから、将来はあの二人組のようなアタマのいい人間になりたいものだ、と思っていた。モノカキという職業になって、その希望はいささかかなえられたような気がする、というより、そういう願望を持っていたからこそ、モノカキになれたのかもしれぬ。

 午後はひと休みして、3時からWeb現代。途中で鶴岡から電話(対談本の手直しの件など)あったりして何度も中断。結局、完成したのは6時。こんなに手間取るとは思わざりき。あまり資料を揃えすぎてその引用の配列などに気をとられ、文章のおもしろさがなかなか出なかったことが理由であろう(結局、引用するつもりでネットのあちこちから引っ張ってきた資料の三分の二を捨てて、やっとまとまった)。もっとも、出来はまず、面白いものになったと思うし、書いていて楽しいというのは結構である。快楽亭から電話。ボクのお爺ちゃん(白山センセイ)の誕生パーティがあるんですが、とお誘い。

 7時から渋谷ユーロスペースにてヤン・シュバンクマイエル作品集上映をK子と見に行く、つもりなりしがK子、突然の腹痛で帰宅。キリキリというのでなくシクシクだそうで、風邪かも知れないと思う。寝かせておいて外出、おじやの材料などを買い込んでくる。家人の病気はひさしぶりで、ちょっとテンションが上がり、薬局で高めの栄養補給剤など七○○○円も買い込んでしまう。買ったあとでK子はドリンク類は飲まないことを思い出した。

 荷物増えたので帰りはタクシー。運ちゃん、突然大衆通俗ドラマ賛美をやり出す。非番の日は家で朝は『三匹が斬る!』昼は『水戸黄門』、夜はビデオ屋で借りてきた『男はつらいよ』を見るのが何よりの楽しみだそうである。“何も考えないで見られるし、何べん見ても面白い。酒飲みながら見ていると、途中で寝てしまうのだが、また起きて見続けてもちゃんと話はわかるし、次に見たとき、寝ていたシーンは新鮮に思えるから、何度でも楽しめる”……ドラマはこうでないといけない、のかも知れない。この運ちゃん、無教養の故にこういうことを言うのではない。同じ話の流れで出てきたNHKや朝日新聞の批判は実に的を得た、鋭いものだった。知性の高い人物が必ずしも質の高い娯楽を求めるとは限らない。ウィトゲンシュタインは講義や執筆の後は必ず映画館でB級西部劇の三本立てを見ていたというではないか。まあ、いきなりウィトゲンシュタインと並べられても運ちゃん、迷惑だろうが。

 9時、K子に夕食のおじやを作るが、食欲ないらしく、ほんのちょっと啜っただけでまた寝る。ただし、口だけは達者。クスリのむのが嫌いな人間はどうにも困る。自分はハモン・セラノ、アボカドなどでビールと日本酒。夕刊に、SF作家ゴードン・R・ディクスン死去の報。ポール・アンダースンとの共著、『地球人のお荷物』は、私ばかりでなく、それまで頭でっかちなSFばかり名作と教えられて読まされてきた日本のSFファンに、“SFってこれでいいのか!”と、目からウロコの落ちる経験をさせてくれた作品であった。私見だが、日本のSFにおける主流がハードものからライトユーモア色の強いヤングアダルト系にぐんと傾斜していったのは、この作品の与えた影響(こういう作品が書きたい! と思った若手作家の増加)が大だと思う。

 そう言えば、例の講談社文庫の“黒本”と呼ばれていた『世界SF傑作選』の第一巻に載っていたのが、このディクスンの作品で、あの『お荷物』の作者か、という気 持で読み始めた私は、そのハードでミリタリーな作品世界設定と硬質な描写、にも関 わらずラストが未来的悪夢、とでも言うような暗いイメージの、異様な圧迫感のある文章で、得体の知れぬ感動を味わったことを思い出した。……と、そこまで思いをはせて、書庫に入ってその『世界SF傑作選1』を引っぱりだし、パラパラとめくってみたら、そう感じたのは同じ巻に収録されている(第一巻は二人だけ)ポール・アンダースンの『王に対して休戦なし』の方にだった、ということを発見した(ディクスンのは『兵士よ、問うなかれ』)。記憶なんてアテにならんもんだと苦笑したが、この両人、どちらもアメリカSF界では政治的に右派として知られ、内容も両人のものともベトナム戦争にインスパイアされた戦争ものだったから、ゴッチャになっていた のである。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa