裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

日曜日

シンクロニシティ惑わず

 タイトルには意味がある。昨日、ダイヤモンド社の出版延期のことを書いたが、これが延期三度目。昨日のタイトルの元ネタ“仏の顔も三度”に見事に意味が符合していた(タイトルつけたときにはまだそのニュースを知らなかった)。もっとも、前二回もかなりK子、イキドオッたから、仏の顔では決してないけれど(笑)。それにしても、こっちが一方的に被害者、という意識は実にキモチいいもので、これでは例の女性編集を笑えない。ここに安住せず、意識して加害者に回るべし。

 ゆうべ夕方に2時間ほど寝てしまい、これは夜中に目が覚めるぞ、と思っていたにもかかわらず、朝、7時までグッスリ快眠。寝は足りてるはずなんだが。朝食、K子にキャベツ炒めとトマト入りオムレツ。私はマフィンサンドイッチ。それとイチゴ。風呂入り、10時、迎えの車で佐島へ。片道一時間半。車中、ライターさん、編集者さん、カメラマン(以前の『男の隠れ家』撮影のとき拙宅へ来た人。道理でマンションの場所などを全く訊ねなかった)さんなどと雑談。ライターさん、ここの日記を読んでいるとか。カウンターつけるとどれくらいいくか?

 日曜でスイスイと行き、早くつきすぎたので30分ほどファミレスでつぶし、佐島の北原さん別荘。もと宮様の別荘だったところで、その当時、海辺のこの場所を埋め立てるためにトンネルを掘ったという搾取の象徴(笑)。つくづく感じたが、文化は搾取からしか生まれないのだね。まるでヨーロッパ映画に出てくるような白亜の建物で、半円形に突き出た形のテラスから、江ノ島方面を一望できる絶景のロケーションである。大理石張りの床、地下にある船着場など、いわゆるオトコの夢の住まい、という感じ。夢ということは現実感がないということで、このオシャレさは生活臭を徹底して排除して、北原氏の成功のシンボルたる迎賓館、として機能させている(生活は別棟のテラスハウスで)からここまでカッコよく演出できる。聞いたら、やはり潮の手入れだとかがすさまじい手間だそうで、その手入れも含めて楽しめないと所持は無理、とのことだった。

 これでわかるように、北原氏は世間一般のコレクターとは非常にオモムキを異にしている特殊例である。収集に命をかけ、その充実のためには親にあえば親を殺しホトケに向かえばホトケを滅し、というような異常性はツユほども見られない。おしゃれでエピキュリアンな人物で、彼の収集欲の基本は極めてマッチョな独占欲(これはご自分でもそう言っていた)なのである。この別荘も、以前見た瞬間に“欲しい!”と思い、願い続けてそれがかなったそうだ。そういうことも含め、氏はご自分のことを“極めて運のいい男”として任じている。ここらへん、どうも成功者の基本のような気がする。数日前の日記に私も自分のことを運のいい男であると書いたが、私の場合は“破滅しなかった”という点で運がいいというだけの話であり、その強気たるや氏の足元にも及ばない。そもそも、こういう家も、十二分にアコガレはしても、手入れや入費のことを思うとそれだけで躊躇してしまう。

 そういう意味で、北原氏のことを、あれはコレクターとは言えないよ、と言う声はよく聞く。私も、どちらかと言うとその意見にくみする。・・・・・・ただし、現在のお宝ブームを招来させ、コレクターの世間的地位を大幅にアゲたのは、北原氏の最大の功績であり、彼がこういうキャラクターだったからこそ、コレクターというコトバ自体に付随していたウス気味の悪さ(ウィリアム・ワイラーの映画に象徴されるような)が払拭されたのだと思う。日本という、人と異なったことに興味を持つものを変人と見做す社会では、この北原氏のような人物が絶対に必要なのである。そういう意味では、マンガ家界における手塚治虫のごとき位置づけかもしれない。

 対談はとにかく北原氏の話を拝聴し、それに、氏が王道を行っていたからこそ、私などは安心して邪道をマイシンできたのデスよ、という感じで口をはさむ形で進む。玄関の巨大なロビー人形の前で写真撮影。私のお宝、ということで、こないだ大阪で見つけたソノシートを鑑定してもらう。著書にサイン求められたのはちょっと意外であった。

 昼はそこでご馳走になる。近くの魚料理屋からの仕出し。この近辺の海でとれた甘鯛の塩焼。それに味噌汁、漬物のみというシンプルな昼食だったが、魚はさすがに美味也。取材終了が3時、朝は腹の空きそうな快晴だったが、1時ころから季節風すさまじ。新宿まで2時間。都庁近辺で降ろしてもらう。そこから、近くの輸入レコード店に行くつもりだったが雑用で果たせず。さすがにクタビレたので、マッサージ。あまり疲れはとれないが、夜はぐっすり寝られるだろう。買い物して、帰る。

 メール数通。写真家のやまだしげる氏から電話。2月の1日に銀座のギャラリーで開かれる写真展で、ミニ対談をやってくれないかとのこと。応諾する。イベント欄に書き込む暇がないのでここで紹介するが、2月1日(火)、銀座アートグラフ・フォトスクール(中央区銀座2−9−14 銀座ビル2F)にて6時半より。さまざまな30代のアーティストの肖像写真を撮り集めている(私の知り合いでは中野貴雄、ひえだオンまゆら、近藤ゆたか、河崎実など。私は39のときに撮影された)やまだ氏と、そのモデル(私の他に誰が来るのかは問い合わせのこと)とのトークショーだそうである。そうである、というのはココロボソい告知だが仕方ない。問合先はアートグラフ、3538−6630。

 8時半過ぎ、夕食。セレベス芋と豚角煮の蒸しもの、鯛そうめん。鯛の代わりに先日のスズキの残りを用う。『おにいさまへ』、薫の乳ガンばなしとおにいさまの実父との対面ばなし、いずれも初期設定消化ばなしで盛り上がらず。特に前者、丸首のTシャツを着ているはずなのに服の前をバッとはだけて手術跡を見せる、などという演出があり、いいかげんにやっていることがわかってシラケる。以前の回で、薫が更衣室で普通のブラ姿を見せるシーンもちゃんとあった筈。原作がちゃんとあって、薫が乳ガンだということはハナから決ってるんだから、チェックしろよ。その後『金星人地球を侵略』を途中まで見るが、マッサージのせいで眠くなり、11時、就寝。

 ロフトプラスワンの掲示板にこないだのトークの感想があり、児童ポルノ法案に対し、“オタクは地下にもぐってより濃い情報を得る楽しみを与えられたわけで、むしろ喜んでいる”と私が意見を述べた、と書いてあった。まあ、確かに主旨はそうだがだからこの法律に賛成、と言うわけでは当然ない。十二分に反対である。ただし、すでに私(を含め、大部分のオタクたち)は、それに対しての抗議行動というような政治活動自体に対し、何の希望(幻想)も抱いていないし、有効性も認めていないということである。もともと政治とか社会活動に一般的な意味での関心を持てないからオタクになるのだ。それが困ったことである、という意識は私にもある。しかし本来、オタクというのはそのようなところから生じてきた者たちであり、その本質を理解した上でオタク問題を考えるとき、彼らが政治に関心を持たないからいけない、と怒るのは、黒人差別は彼らの肌の色が黒いところが問題だ、と発言するようなもので、意味を持たないどころか失笑ものなのである。そしてオタクの増加はもう、止められない。政治だの思想だのに関心を持つことを無条件に是とする時代はすでに遠い昔。イマヤそういう人間たちの方が世間的には変人の部類なのだ。こういう状況下でどうすればいいのかは私にもまだわからない。しかし、そこから考察を始めないと、どうにもならない。既存の知は、すでに役に立たないのである。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa