裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

月曜日

ホモ・バトラーズ

 朝8時半起きで朝食作り、日記など書くが、昨日エネルギー使い果し、午前中はほとんど死んでる状態。フロへ入り、1時間ほど寝たら急に元気になった。

 2時、朝日新聞経済部から2000年関連でインタビュー。ネット社会における情報の種類のことなど話す。経済部からの取材は初めてである。このインタビューで待ち合わせている喫茶店に出かける直前、今度は学芸部からFAXが入り、またインタビュー申込み。このところ、とんと朝日文化人といった感じである。経済部のヒトにそう言ったら、
「そんなふうに自称するとカラサワさんの格が落ちますから注意してくださいよ」

 昼飯をそれやこれやで食い損ね(五七五)。公園通りでドネルケバブを買い、ベンチに腰掛けて食う。隣にアメリカ人の若いのが坐って同じように食っていたが、アメリカ人というのはこういうものの食い方まで不器用である。・・・・・・しかし、その不器用に食うところがまた、何ともキマっているのだからいかんともしがたい。

 駅前の銀行まで行き、雑用すます。ついでに古書センターに寄り、文鮮明信奉者の書いたヨイショ本など数冊、購入。何か水を飲むように本を買っている。帰り、西武地下で夕食の材料。

 牛女騒ぎがまた某所で再燃して、H泉社の編集がやりあっているようである。誰かがサンダ対ガイラ(似たもの同士の戦い)と形容していたが、むしろヘドラ対キングギドラと言う感じで、どっちが勝っても人類に被害を及ぼす(笑)。

 今日ネット論でちょっと語ったことだが、ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』の中で遊戯の完結性と限定性を指摘している。遊戯を行うには、その遊戯空間における一定のルールの絶対的であることと、そのルールが他の規範に縛られないことが条件となるわけだ(鬼ごっこを行う場に“仲間はずれはいけない”という世間的ルールを持ちこんではそもそも遊戯が成立しない)。そして、その遊戯空間での秩序に従うという暗黙の了解になじめないものは必然的に排除される。この排除が成立するのは、遊戯の場というものは無数にあり、ひとつの遊戯(に、おけるルール)が自分になじまないと思えば、なじむ別の遊戯空間に移ればよろしいという前提があるからである。

 もちろん、ホイジンガはこの完結性・限定性を、遊戯から発展させて実社会にも応用しようとココロミているわけだが、ネット空間においてこの理論は見事に現実に照応しているように思える。そして、その遊戯空間の一員に加わりたいと希望しながらも、そこの暗黙のルールが見えない者がすなわち、鳥、もしくはバトラーとなるのである。

 ネットは現実社会とは異なるルールによって成り立っている遊戯空間である。そこでのゲームの充実度を高めるには、このルールの完結性・限定性の敷居を上げることが必要で、ただしそうすると遊戯自体が限りなく閉鎖性を帯びる危険性がある。そこで遊戯の主催者は、外へ向けて参加メンバー募集のこの指とまれを表示しなければならないが、その際参加者に向けて、ネット内でのルールを認知させる義務がある。この認知作業が非常にメンドくさいし、難しい。ただし、大抵の場合、このルールは、他の参加者たちがかもしだしているその場のムードによって、漠然と新規参加者にも感知せられ、微調整を繰り返しながら、場になじんでいく。

 ところが、世の中には、この“場のムードの感知”、言葉を変えれば発言のTPOをわきまえる能力を徹底的に欠く人種がいるのである。そして、彼らが金科玉条とする、別の空間のルールを、そこに持ち込もうとする。くだんの牛女は(なんとぴったりな語の用法だ)以前私主催のネットの会議室で“研究室でこのような言葉使いは許されない”などと、まったく研究室にも彼女の職場にも無関係な人間を罵倒したことがあった。こういう人間は多々いるものである。

 しかしまた、主催者の方にも、遊戯を成り立たせるための基本的ルール、すなわちルールを遵守しない人間は排除しなければいけない、という主催者の義務をよくわきまえていない者が多い。自由な発言を許すことを自分の寛大さ、ものわかりのよさとカン違いして、結局、自らそこのルールを破壊することになるのである。ネット空間の主催者とは、そこのルールの監視者でもあることを忘れているのである(・・・・・・なんか長くなったので、この続きは依頼されているバトルウォッチャーパティオHP開設のお祝い原稿で)。

 夜9時、夕食。韓国風ねぎま、アワビタケの洋風煮物、冷や奴など。飯代わりにウドン。LDで最近一話づつ舐めるように楽しんでいる『お兄さまへ・・・・・・』。原作者も同じマンションの住人がこれ見てゲラゲラ笑っているなどとは知るまい。作品全体はこれまでの学園もの少女漫画の集大成パロディであるが、殺人まで起きているお受験ブームってのは、こういう作品を見て育った世代の母親によって成り立っている、ということを社会学者さんたち、認識してますかな。

・今日のお料理『韓国風ねぎま』
 マグロ(アラで結構)の切身とネギのゴブに、焼肉のたれをからめておいて、ヘット、もしくはゴマ油で炒める。あなたが金持ちならばトロを用いる。貧乏で赤身しか買えないときはたれと一緒にゴマ油もからめておく。油っこくて下品なところが持ち味のお料理であって、こんなものが好物とわかるとソロリティーには入れませんことよ。一味とうがらしをふりかけて食べる。

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