裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

木曜日

おーいトムヤムクン

 いかに世界の三大スープだとて。朝6時30分起床。大衆的なところがウリの雑誌に依頼された原稿で、ついコムズカシイことを書いてしまって自己嫌悪に陥る、という夢を見る。7時半、朝食。キウリ、ニンジン、黄ピーマンのスティックサラダ(ニンニクミソつけ)、キャベツ生ベーコン炒め。8時25分のバスで通勤。

 こないだの社会派くん対談のテープ起こしが来ているが、橋田さんの死に関するコメントがない。編集のK田くんに“話さなかったっけ?”と訊いたら、“橋田さんの死亡は対談の翌日だったんで……”とのこと。毎日々々、いろいろあるんで、もうあの事件もずっと以前のことだったように思っていた。前半でとりあえず、その部分を補う。最初に書いたものがずいぶん穏健なものになってしまったので、かなり鬼畜な要素を書き足す。あの連載は毒の強さがウリなのに、最近どんどん、マジメになってしまっている傾向がある。普段書いていることと対して違わなくなっちまっているん である。例の小学生殺人事件についてはまた号外を出す予定。

 TBSラジオのFさんから電話、今度デイキャッチで『もえたん』を取り上げるので、電話でコメントをお願いします、という依頼。それから『FRIDAY』Tくんから、ちょっとあわてた声で電話。編集長が昨日出た『FRIDAYスペシャル』のアンケートデータを見て、“これは予定より連載開始を早めよう”と言い出したという。すでに三回分ほどストックは渡してあるのでこちらはかまわないが、まだ連載タイトルも正式には決まってない状態だったので、Tくんにとっては青天の霹靂だった 模様。

 弁当、タラの味噌漬け焼き。鶴岡から電話で、ちょっと景気がいい(よくなりそうな)話を聞く。静岡大よりはいいかもしれない。お互い、自分がいかにバカであるかという競い合いみたいな話になる。その電話の最中に、おそうじにいつも来てくれているHさんがお中元(?)を持ってきてくれ、また、ロフトの斉藤さんが、16日の 寄席に使う拍子木などを持ってきてくれる。

 電話や雑用で時間くってしまい、今日は5時半には出ないといけないのに、締切の『Memo・男の部屋』の原稿を書く時間がなくなってしまう。大あわてで取りかかり、1600ワードを1時間半で書き上げる。一度推敲、メールしたのが5時45分というギリギリ。タクシーで新宿に向かい、小田急線急行で成城学園前まで。しかしスムーズに急行つかまえたので、なんのことなく、待ち合わせ時間10分前に到着。 モモさんとみなみさん、それからK子と母。

 今日は旧ナンビョーサイトのみなみさんのお誘いで、砧区民館での弦楽四重奏コンサート。フィンランドのクフモ音楽祭の音楽監督を務めるセッポ・キマネンの率いるジャン・シベリウス弦楽四重奏団。キマネンの奥さんが新井淑子というバイオリニストなので、その縁でよく来日しているとのこと。会場に来ているお客は6割がお年寄りで、それから中間層の2、30代を飛び越して、10代の子供たちの姿が多い。さ すが成城。

 解説はクフモの音楽祭に30年も通っているという音楽評論家の横溝亮一。“ヨコミゾだってさ”“横溝正史の息子かしら”とか話していたが、後で調べてみたら、本当にそうだった。いかにも育ちのよさそうな人で、どことなく感じがと学会員で上野 の博物館に勤めているK川さんに似ている。
http://www.bitmap.co.jp/yokomizo.htm

 今回の来日メンバーは四重奏団の四人の他、クラリネットのカリ・クリーック、ピアノのユハニ・ラーゲルシュペッツ。いずれも、あまり普段聞けない小品が中心で、最初の演奏がプロコフィエフの『ヘブライの主題による組曲』。エキゾティズムあふれるリズムが心地よい。それからクリーックの『ダイヤモンド・ストリート』。作曲家のキンモ・ハコラは私と同い年のフィンランドの現代音楽家らしいが、解説の横溝氏もパンフで“知らない”と言っている曲で、まあ現代音楽としては聞きやすいかなという感じ。クリーックは全ヨーロッパの楽器奏者の、クラリネット部門の人気ナンバー・ワンになった人だそうだが、小柄なメガネくんで、演奏に非常にパフォーマンス性が高い。表情豊かに、また全身をダンスのように動かしつつ演奏する。それで楽器がクラリネットだから、技術は超絶的なのだが、どこかチンドン屋っぽい。

 それからメンデルスゾーン『チェロとピアノのための小協奏曲』とハイドンの『ニ長調“ラールゴ”』はまあ、素晴らしいのが当然のこととして、休息をはさんでのダルゴムィジスキー『タランテラ』は、ひょっとしたら日本でこの人の曲が演奏されるのは初めてかも、という珍曲。珍曲というのは滅多に演奏されないというだけの意味でなく、“作曲者の指示により”、会場の聴衆の中から、“生まれてから一回もピアノを弾いたことのない人”を選んで壇上に上げ、ピアニストと共演させるのが決まりという、凝った演奏法の曲なのである。で、挙手を求めて、一人、見つかり、壇上に上がってきたのが、
「絶対シコミだろ、できすぎだよ」
 と思うほどの、かわいらしい、10才くらいの女の子だった。萌えクラシックオタなら(いるのか)、たまらないシチュエーション。これと組むピアニストのユハニ・ラーゲルシュペッツがいかにも北欧人らしい金髪の大男なので、二人が並ぶと実に絵になる。で、要するにこの子に低音部の、二つの鍵を向後に弾くだけのパートを受け持たせて連弾するのだが、名前からするに東欧系の作曲家なのか、実に不思議な味わいのある曲だった。年をとってコドモ好きになった母が目を糸のように細めていた。

 とにかく、今日のコンサートは趣向が凝らしてある。次の『リゴレット・ファンタジー』は、クラリネットでオペラ歌手の歌唱を再現してしまおうというパロディ。クラリネットのカリ・クリーックが、パヴァロッティもどきにハンカチを手にして現れて、ピアノをカリカリさせるわがままなソリストを演じ、演奏途中で感極まって泣き出してしまったり、歩き回ってどこかへ行ってしまったりという演技を見せる。この 人のパフォーマティブなキャラクターがうまく行かされた曲だった。

 そのあと、シベリウスを一曲、そしてユリオ・ヒエルト編曲による、ユダヤの伝統的な舞曲を二つ。この、古色蒼然としていながら何とも不思議な魅力のある民族曲が実に実に素晴らしい出来だった。アンコール一曲の後も会場の拍手は鳴りやまなかったが、横溝サンが出てきて、“もう時間も遅いので”と終了宣言。最近の日本のコンサートでイヤなのがこの際限ないアンコールの繰り返しなので、これはむしろいい演 出だと思った。

 出口付近に、あの、今日壇上に上がった女の子がいた。お姉ちゃんも同じ服装でいるが、妹の方が断然可愛い。こりゃやっぱりシコミだよ、と心の内で思う。時間はそこで9時半、クリクリに電話入れて、小田急線(代々木上原で各駅停車に乗り換え)で参宮橋。ワイワイと楽しく話しながら、鶏の半身二皿(要するに一羽ぶん)、タルタルステーキ、鴨とイチジクのベイクド、自家製パスタなど。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa