裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

木曜日

世界は腑分けを待っている

 早く解剖してーッ! 朝、6時50分起床、入浴洗顔歯磨如例。7時半朝食、キャベツベーコン炒め。朝はベジタリアンと決めていたので、ベーコンはいけないのであるが、このベーコン、北海道のもので、厚切りで炒めるとまことにうまい。困ったも のである。

 アメリカ軍のイラク人捕虜虐待で一番不思議なのは、こういう自分たちの鬼畜な行状を写真に収めるという感覚である。どうしたってヤバい状況を証拠に残してしまう感覚というのが一般には理解困難である。考えてみれば、アイドル歌手たちのニャンニャン写真なるものが流出するのも、そもそも、自分の人気や収入、未来までをも一気にゼロとする危険性があるものを残そうとする、その危機感のなさはこの米兵たちと同一の地平にある。もっと言えば、私のこのネット日記みたいなものだって、書かでものことをわざわざ記録に残して他人にツキアゲの材料を与えている自虐行為と言えなくもない。現代人の心底には、自らの存在の記録というものを、歴史の中のどんな片隅であっても残しておきたいという、本能的強迫があるのかも知れない。残すためには、よりインパクトの強いものが有利なわけだ。犯罪性や自己破壊性のあるものの方が、その目的には適しているのかも知れない。それは、“血のつながり”をアイデンティティの基盤に置き、住まいする土地に帰属し、先祖が眠る墓に自分も、また自分の子も、孫も眠るであろうというその連続性に、おのれの存在を預けることが出来た時代の人間(例えば『大地』の王龍のような)には考えも及ばないことであろうが。

 バス25分。連休明けでかなり混む。9時10分、仕事場着。日記つけ、メール等チェック。母がこのあいだから、“一人炊きが出来る釜飯用のお釜”が欲しいと言っている。昨日、東急ハンズに言って調理器具を見てみたのだが、置いてない。仕方なくネットで検索してみたら、名古屋にある調理器具販売の店のサイトが引っかかる。ネット通販で注文しようとしたのだが、どういうわけか精算スイッチが作動しない。仕方なく、そこの電話番号に直接電話をかけて注文した。電話に出たのが、いかにも名古屋、という感じのおばさんである。名古屋のおばさんと言っても、“きゃーも”だの“だみゃあ”などと言うわけではない。なんで、このおばさんのしゃべり方や、対応のテンポにイカニモ名古屋、という雰囲気を感じたのかとしばらく考えて、ハタとわかったのは、1月に見たシアターグリーンでの『非常怪談』の荘加真美、あれが名古屋のおばさんという役柄で、あのしゃべり方の調子にウリ二つだったのである。いかに彼女の演技がリアリティのあったものか、やっと今、納得したことであった。

 弁当、ゴボウとタケノコと牛肉の炊き合わせ、カブの香の物。いつもながら旨し。原稿書き、ゲンビノズロクから。短い枚数で、数ある日本のアニメーション作品の中から、お気に入りの特定のアニメを取り上げて解説し、かつ、その作品を取り上げたということで、現在の日本アニメーションのおかれた状況の一部なりとも、俯瞰が出来る性質のものでなくてはならないという、面白いがなかなか頭を使う注文原稿である。それに加えて、マスコミ人の末席を汚すこちらとしては、読者が“なるほど、いかにもカラサワの選ぶような作品だ”と、期待を満足させる選定を要求される。いろいろ頭をひねった末に、作品は『茶目子の一日』(西倉喜代治)ということにする。どんな内容の原稿になったかは、7月15日から開催される東京都現代美術館『日本 漫画映画の全貌』展↓で、そこの図録を買って読んでみること。
http://www.anido.com/html-j/zenbo-j.html

 5時半、時間割へ。新潟から出てきたYくんと会う。Yくんの現況、職場のことなど、いろいろ話を聞く。ホントにいろいろ、大変なようである。自分の夢を追うことと、生活の足元を見ることの両立の難しさ。まだユーモアもって語ってくれているからいいが、それでも表現の端々にセッパクした意識を感じる。他人の人生の選択に脇から無責任に口をはさむことはつつしむべきだが、一応、夢を叶えようと思うなら、その夢は具体的であるべき、ということをサジェスチョンする。アニメをプロデュースしたい、というようなヌーボーとしたことでなく、作るならどんな作品を、誰が作監、誰が脚本、音楽で、どこらへんの時間帯のどこの局で放映して、というあたりまでを脳内に思い浮かばせられないとダメだよ、と。もちろん、それで出来たときにはその想像と全く異なった作品になってしまってたりすることはあるのだが。

 近くの席では、日本のポップスについて、テレビの企画か本の企画かで数人の男女が話し合っていた。年輩の人間が『五匹の子豚とチャールストン』のことを言っていたが、周囲の若い人たち、一人もその歌を知らず、“コブタというのはどういう字を 書くんです?”などと言っている。これで企画が立ち上がるのかな。

 7時半、Yくんと久しぶりに『華暦』。K子が女将さんと雑談していた。どうもご無沙汰を、と挨拶し、まず乾杯。イラク人質事件のその後、北朝鮮拉致被害者は果たして帰ってくるのか? などというカタい話から、『BS漫画夜話』の話までいろいろ。K子はYくんに、小栗虫太郎を読め、読んで意味を私におしえなさい、と強く勧めていた。あいかわらずこの『華暦』の料理はリーズナブルにもかかわらず安心できる味。ポテトフライにアンチョビソースをかける、といったちょっとした工夫も感心できる。食べたかったここのマグロ、鎌倉ものでやはりとろけるよう。9時半まで、雑談続けて帰宅。女将に“ローンを支払い終えたら、またしょっちゅう来られるようになります”と。

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