裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

日曜日

月の羊たちの沈黙の艦隊はどっちに出ている

 昨日、ワインで酔っぱらったK子が作ったシャレ(?)で、私に“これを日記のタイトルにしろ”と強要してきました。私は愛妻家なのでその質には論評を加えずそのまま載せます。“ジュン・サンダー杉山清貴とオメガトライブ”とかも言ってた。確かにゆうべのチリワイン、変な酔っぱらい方をして、3時ころ目が覚め、そのまま寝られないので、仕方なく演劇出版社『紫扇まくあいばなし』など読む。十年ぶりくらいの再読。紫扇は98年に亡くなった歌舞伎役者・河原崎権十郎の俳号。屋号は山崎屋。中田の大伯母が贔屓にしていた役者さんで、私も何回か酒席を共にさせていただいたことがある。昔は東横ホール歌舞伎という、いわばオフ・ブロードウェイの王者として婦女子の圧倒的人気を誇り、“渋谷の海老さま”と呼ばれたほどの人だったというが、私が観た晩年の舞台では菊五郎劇団の長老格と言う形で、『外郎売』の工藤祐経や『頼朝の死』の大江広元、『花の生涯』の多田一郎という、押えの助演を務めていた。そうそう、一度札幌市民会館ホールで七代目菊五郎の襲名披露興業をやり、中学三年生だった私は生まれて初めて歌舞伎というものを生で観た。このときの出し物は弁天小僧で、日本駄右衛門をつとめていたっけ。

 古い役者さんの語りの記録を読む楽しみは、もはや滅多に聞けない江戸言葉が、文章の中にひょいと顔を出すことである。今回は“毛抜き合わせに……”という言い回しが印象に残った。毛抜きの歯と歯が合うようにものごとがぴったり合うという辞義で、ここでは時間差がない、という意味に用いられている。こういうところばかりでなく、この本の聞き書きは読みやすさを工夫した中に、役者世界でなくては残っていない文句や茶目っ気に満ちた語り口が適度に配されて、実に嫌味のないいい仕上がりである。ベテランの土岐迪子によるものだが、世評の高い関容子の役者聞き書きより筆力は上なのではないかと思った。

 6時ごろウトウトして7時40分、起床。朝食はトウモロコシとアスパラガス。日本テレビ『ザ・サンデー』で、W杯、日本勝利の夜の各地での盛り上がりっぷりを報道していた。サッカー程度でこれだけ熱狂するのである。日本海海戦のときとか、真珠湾攻撃成功、プリンス・オブ・ウェールズ撃沈などというときの日本人がどれだけ熱狂したか。戦争というものが人をどんなに興奮させるものか、あれを見ればよくわかるだろう。戦争は悲惨だ、というのはこないだのアレが負けたからであって、勝ったときの戦争くらい国民が一体感、高揚感を感じられるハッピーなものはないのである。どうです、一度やってみたくならないかね。今度は勝てそうなところ相手に。

 仕事、まず週刊ポスト用の『月のひつじ』映画評3枚弱、書き上げてFAX。それから昨日の続きの対談原稿、結局二日かけて400字詰め原稿用紙28枚分になる私の発言部分を全部、書き直す。バカみたいに自分のことだけを(Dちゃん主役の特集なのに)べらべらしゃべっている部分を一般論とか、作品論に書き換え、行数は変えず、かつ、合間の彼女の発言(チェック済み)にきちんとつながるようにして、全体の構成がきちんとなるように、というパズルみたいな作業だったが、やっていると案外楽しい。私はどちらかというと、お好きなテーマをお好きなように、という原稿依頼より、こういう複雑な課題をアクロバティックにこなしながら文章を書く方が好きなのである。論、とかでなく純粋に“文章”が好きなのだろう。さはさりながら、書き上げたときにはフー、と息をついた。こないだのクレしん対談も、こういう形で訂正すべきだったなと思う。

 昼は西武デパート近くの回転寿司『たっちゃん』で。客が韓国人、インド人、ヨーロッパ人入り乱れ、店員の女性が中国人。国際色豊かである。寿司がこんなにグローバルな食い物になったとは。帰りに西武地下の食料品店で買い物。可愛らしいハーフの女の子(ジョンベネをタレ目にしたような顔)が試供品のハムをもらって食べて、大興奮して、キーッ、と声をあげて走り回っていた。お母さん(日本人)が、“すいません、貰ったけど、うちはこういうもの食べないんで”と謝っている。菜食主義者なのだろう。初めて肉を食って、そのうまさに興奮してしまったわけだ(『アトム大使』みたいだ)。その亭主というのも後で見たが、『フラット』の主人そっくりの巨漢で、とても菜食主義に見えなかったが。

 帰宅、仕事続けようとするがテンションが下がってしまい、資料などだらだら読むにとどまる。某氏が某女性ライターのイタいイタいレポートを送ってくれたのを読むが、私は彼女が特殊というよりは、彼女の世代全般の傾向の代表、みたいに思える。あと、愛知県の漢方薬屋で、『トンデモ一行知識』でも話題にあげた、“狐の舌”を発見した、という報告メール。舌だけでなく下顎全体の干物だったそうだが。何に効くのだろうね。

 8時、渋谷『宇の里』でK子と夕食。やはりサッカーのせいか、ここもガラ空き。日本経済をいびつにする行事だな、W杯は。黒龍がここにもある。流行りか。和風コロッケ、貝柱と大根のサラダ、イワシ薄づくりなど、俗なもので。最近お気に入りのシャツが、遠目にはモザイク模様に見え、近くで見るとブルース・リーはじめ、クンフー映画のスチール写真貼り混ぜ、というデザインのもの。東急ハンズ下のシャツ屋で見つけ、店員が“これは一点もので、現在日本にはこれ一枚です”と言うので購入したのだが、今日、帰りにその前を通ったらちゃんと別なのがウインドウに展示されていた。まあ、“お買い上げ後にまた輸入されたんです”と言われればそれまでであるが。あと、たぶん同じメーカーの製品なんだろうと思うが、同じような貼り混ぜデザインで、全部レントゲン写真のシャツを着ているおじさんを今日の昼、見つけた。これも是非欲しいが、どこで売っているのか。絶対、これ一点ということはないと思うのだが。もし見つけた方がいらっしゃったらご一報を乞ウ。

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