裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

水曜日

観劇日記・9『そして誰かいなくなった』ルナ若手公演

『そして誰かいなくなった』
劇団あぁルナティックシアター若手公演
作・演出/あぁルナティックシアター(岡田竜二、大村琴重)
出演/大村琴重 岡田竜二 菊田貴公 右田ひだり 佐藤ゆみ
   石川ルカ 小沼正治
映像/右田ひだり
2012年1月14日
於/下北沢小劇場『楽園』

新婚の奥さんに、“君の夢をかなえてあげる”と約束した夫。
新婦の夢は
「新婚旅行はディズニーランドで」。
もちろんカリフォルニアの、という意味だったが、夫が彼女を連れていった
のは浦安の温泉旅館だった……。

若手公演と言っても、橋沢座長と佐々木輝之が出ないというだけ。
とはいえ、ルナの、他の劇団に比べての最大の特長はアドリブの連発で、
そのアドリブのほとんどは、現在は橋沢・佐々木の二人が担当している。
つまりはこの公演はルナのルナである得意技を封じられたハンディ公演なの
だが、見てみたら不思議なことに、これまで観てきた(出演してきた含む)
全てのルナ公演の中で、最も「演劇」ぽいものになっていた。

橋沢・佐々木の天才的アドリブのギャグをずっと脇で見てきて、それをその
模倣でなく、自分たちで稽古を重ねて、それに張り合えるものに別のコース
からアプローチしているのがいい。アドリブ能力というのは多分に天与の
もので、出来ない人間がそれを模倣しても、所詮はウの真似をするカラスに
しかならぬ。別方面からの戦略が必要で、この芝居はそれに成功している。
舞台監督の早坂さんに聞いたら、
「今日ようやく初日が出た」
状態だったようで、ラッキーだった。

アドリブギャグというのはどうしても役を離れ、素(ス)に戻る瞬間が
出来てしまう。そこがルナの芝居を「長いコント」にしている原因
(もちろん、それがウリなのだから差し支えないのだが)であり、今回の
公演はそれが最小限に抑えられ、全ての登場人物が最初から最後まで、
「役になりきって」
ギャグをやっていた。「演劇」として成立していた所以である。

惜しむらくは、冒頭からどんどん変なキャラクターが登場してきて、それに
主人公の新婚夫婦が次第にまきこまれ、不条理性がクレッシェンドしていく
展開が、ラストで収束してハッピーエンドになってしまうこと。ハッピーエンド
はストーリィを小さくまとめてしまいがちである。あそこまでナンセンスな
不条理を重ねてきたのだから、最後の最後にもうひとつ、シメのカタストロフが
欲しかった。私なら、大騒動で旅館が崩壊し、何ひとつ無くなった岡の上
(三角コーナー)で、旅行者姿の二人に立ち尽くさせ
(SE・吹き抜ける風の音)、
妻「(無表情で)ディズニーランド、行きましょう」
夫「(同じく無表情)そうだね」
妻「どっちにあるの?」
夫「……あの砂丘の向こうさ、たぶん」
妻「浦安に砂丘って、あった?」
夫「さあ……わかんない。本当は、ここがどこかも」
と、二人歩き去る
(溶暗。しばらく風の音続く)
というような幕切れにするだろう。
もちろん、それはルナではない終わりなので、あれはあれでいいのだが、
タイトルを生かそうと思うなら、ハッピーエンドは似合わない。

役者では妙に無表情なしゃべり方をする旅館の女将役の菊田貴公が凄くいい。
観ていた佐々木が、“一ヶ所でもいいから人間味を入れればいい”とアドバイス
していたが、出来ればこのままがいいと思う。非人間だからこそ、この
不条理の現場を仕切る祭司足り得ている。あと、”旅館に住み着いている
ミッキーマウス(みたいなネズミ)“役の大村琴絵は傍若無人の大暴れで大爆笑。
主役・兼演出の岡田竜二は、演出・進行役として他のキャラに目を配らねば
いけない分、役をもうひとつ作る余裕がなかった感じでちょっと惜しかった。
ゆみちゃんのキャラはこういうギャグ芝居に貴重。新人三人、右田はアドリブ
のセリフが中途半端ぽい。やるんだったら徹底して、やらないのならこれも
役作りに徹底すべき。小沼はなるほど、ウワサ通り達者。ルカは……うーん(笑)。

あと、旅館の部屋のセットが本公演以上の凝り方なのに驚いた。
岡田がいろんなところからかき集めた材料でこしらえて、製作費1万6千円、
だそうである。『タイム・リビジョン』の柱より安いじゃないか!

Copyright 2006 Shunichi Karasawa