裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

水曜日

観劇日記・5『LIKE A SMAP』

『LIKE A SMAP』
劇団ノーコンタクツ一日限定好演
作・演出/麻見拓斗
出演/伊藤潤 桃原秀寿 長沢峻太 麻見拓斗 茗原直 高橋優都子 尾鷲知恵
2011年10月26日
於/下北沢小劇場『楽園』

ルナの『博覧狂喜博覧会』のイベントの一環として、現在活動休止中の
麻見拓斗くんたちの劇団『ノーコンタクツ』の一夜限りの復活という
公演だったのだが、いや、一夜だけでは勿体ない出来の好舞台だった。

ハリウッド映画で1993年の『クール・ランニング』の成功以来、類似
作品が多出し、日本でも『ウォーター・ボーイズ』『フラガール』など、
「素人たちが無謀な企画を実現すべく(せざるを得なくなり)必死でがんばり、
成功・失敗には関わらず、なんとかしてしまう」
という基本設定にSMAPを当てはめた単純なストーリィだが、
その単純(シンプル)さを突き詰めているところが心地良い。

「田舎の村の役場が土地の振興のためSMAPを公民館に呼ぶと告知して、村は
大盛り上がり。……ところが、それが芸能詐欺だったことがあきらかになる。
村人たちの期待を裏切らないため、役場の係員たちが、SMAPになりすまし
てショーを行う仕儀になるが……」

という設定の説明が短いプロローグで語られた後、暗転でいきなり
「コンサート当日の楽屋」
にトンでしまう、というスピーディ感がいい。

もちろん、そこに結婚で村を出ていった、男性陣あこがれのマドンナの出戻り
などというサブストーリィがあるのだが、それは付け足し。要は作・演出の
麻見くんが“SMAPのダンスをコピーしたく、そのために自分たちが踊れる
ストーリィをデッチあげた”というのが正直なところだろうと思う。

ところが、それが実は演劇公演の基本であり本質であると思うんですね。
「演出家(兼主演、脚本、プロデューサー)に”これが演じたい、それを見せ
たい!“という明確なものがあり、しかもそれに余計な夾雑物を加えず、極めて
シンプルな形で前面に押し出す」
というのは、言って見れば演劇公演にとっては理想の形なのだ。

ここまでシンプルだと、観客も本当に何も考えず、そのシンプルさとスピーディ
さがかもしだす舞台のリズムに完全に体を預けられる。いや、預けるしか
ないのだ。他に気を回す余地もないのだから。

しかも、観客の三分の一は以前のノーコンタクツファン、もしくはその関係者。
これで盛り上がらないわけもない。観客をコンサートのシコミ客(指示通り
に拍手をしたりライトを振ったりする)と見立てた演出もよく、必然的に
舞台と客席が一体となって、クライマックスの口パクのショーとダンスに
声援を送り、満席の会場がまさにひとつになった瞬間を見ることが出来た。

演出の神様と言われた故・早野寿郎の言葉に、
「舞台の上と客席の間には、目に見えない厚い壁が立ちはだかっている。
観客は、この壁に錐で穴をあけ、必死に舞台をのぞき込もうとしている存在
である」
というのがある。
芝居のテーマというものはそれだけ伝わりにくいものだ、ということだが、
しかし、今回の芝居は、その壁をダイナマイトで破壊し、一切の障壁を
取り払ってしまったようなものであった。

もちろん、それだけシンプルにするためには、本来、もっと舞台というものが
伝えられる筈のいろんなものを犠牲にした上で、最も伝えたいものにギリギリ
絞ったという事情があったろう。一夜限りの公演、しかも客もほとんど身内
という特殊条件だからこそ出来たという条件があったろう。とはいえ、その
特殊事情を徹底していかし、伝えるべきものを選択する目をあやまたず、
そして一夜とはいえそのために十二分に(限られた条件下で)稽古を重ねた
という精進が、この”奇跡の一夜“を実現させた、と言えると思う。

普通の演劇として評価できる作品ではない(なにしろ全体の3割がSMAPの
踊りのコピー、歌は口パク)。邪道もいいところだろう、しかし、それでいて
なおかつ、最近見た芝居のうちでは間違いなく、ベストのインパクト。特殊な
形式の公演である、ということはさっ引くにせよ。

そして、共演女優陣、高橋優都子の頑張りと、尾鷲知恵の見た目の存在感
も大いによかった。で、ルナの今回の芝居三本全てに出て、しかもこの芝居の
セリフと踊りを(少なくとも客席で見たレベルでは)ほぼ完璧にこなしていた
茗原直人、これは凄い役者だわ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa