裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

火曜日

観劇日記・3『朗読劇・女の一生〜母への手紙〜』

『朗読劇 女の一生〜母への手紙〜』
作/森本薫
潤色/あおやぎれいこ
演出/秋葉由美子
出演/池田昌子 石野竜三 丸山ひでみ 藤井多重子 岸野佑香 
坂浦洋子 江良潤 真船道朗 嶋田親一
主催:朗読劇「女の一生〜母への手紙〜」を上演する会
2011年8月24日
於/角筈区民ホールにて公演。

『女の一生』と言えば杉村春子、杉村春子と言えば『女の一生』。
それも無理はない。作者の森本薫は妻子ある身で6歳も年上の杉村を
愛し、彼女に全てを捧げ尽くし、彼女のためにこの名作を遺して、
ぬけがらのようになって36歳の若さで死んだ。

若き愛人の形見ともいうべきこの芝居を、杉村はその生涯に947回も
演じた。演じることが、亡き恋人との逢瀬だったのだろう。ビデオ
ライブラリーで見たことがあるが、文字通り、鬼気迫る演技であった
ことを記憶している。

そんな芝居を、朗読劇として、声優の池田昌子さんが演じる。
もともとこの台本は戦時中に書かれ、ろくに大道具もない状況下で
演じることを念頭に書かれたものなので(上演後すぐに終戦となり、
森本は戦後用に作品を書き替えて杉村に渡してから死去した)、
朗読劇に仕立て直すのはそれほど難しくはないと思うのだが、
もとの戯曲でも、明治大正昭和三代を生き抜いた女性が主人公だけに、
15歳から70歳までの役を主役は演じ分けなくてはならない。
声だけの朗読劇だとそこは一見有利そうだが、そうもいかない。
視覚に頼ることが出来ない分、耳はするどく、声の質を聞き分けて
しまうからだ。

今回の出演者たちは池田さんをはじめ、ほとんどの人がベテラン。
昭和バージョンはいいが、明治バージョンはちょっとキツいな、と
思っていたのだが、聞いているうちにさほど気にならなくなるのは
大したもの。

池田さんの演ずる布引けいは、やさしい。
杉村春子が演じるとそれだけで、生活能力のない夫から家の事業を
引き継いで(取り上げて)女ながらバリバリやっていくというイメージで、
画家志望というたよりない夫がコンプレックスにさいなまれ家を出ていく
のもよくわかるのだが(ほとんど杉村のイメージに重なるのだが)、
池田さんのけいはどんなに女事業主としてやり手でも、家庭では夫に
優しい妻だったんじゃないだろうかと思われ、少し迫力に欠ける。
とはいえ、その分、夫が久しぶりに家に帰ってきたあたりの気づかいの
細やかさは印象的で、豆まきのはしゃぎぶり、そして直後の永遠の別れ
のせつなさがよく伝わってきた。

母の世代、そして母から聞く母の母の世代、日本が大きく国としての
存在を歪ませていた時代の話をよく聞いているだけに、ラストの余韻には
目頭が熱くなった。

欲を言えば15歳のけいを、もう少し(演じ手の気恥ずかしさや、客席から
見てどうか、という危惧はあったろうが)アニメっぽいまでに大胆に
はしゃがせた方がよかったように思う。あそこで思い切り、不幸だが元気な
少女、というキャラクターで聴く方のドギモを抜いておけば、次の場面での
叔父・章介の
「これがあの、いつかの晩、鼠の尻っぽみたいな下げ髪で藁草履をつっかけて
迷いこんできたしらみくさい女の子かね。どうも、子供が女になるというのは
毛虫が蝶々になるようなものだ」
というセリフが生きて、観客にも、その変化の間のさまざまな事情が印象
づけられたのではないかと思う。

伸太郎役を『戦国BASARA』の石野竜三、弟の栄二を(実年齢ははるかに
上だが)元狂言師の眞船道朗。これだけ声のいい演じ手を揃えたことで、
逆にそれを徹底していかすことを考え、シンプルに、よく朗読劇にある半端な
動きも出来るだけカットして、最低限の動きと光、音で演出した演出は
見事。こういう朗読劇の、ひとつの基本型として記憶されるべきだと思う。

もっとも“やってみたい役は”というと……やはり皮肉屋の章介叔父だろうか。
けいの変化に目を丸くした芝居をやってみたい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa