裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

水曜日

観劇日記・16『セルフポートレート』color child

『セルフポートレート』
color child presents
作:渡辺浩一・蛯原味茶煎
演出:color child
振付;中村容子
於:池袋シアターグリーンBOX in BOX
2月19日(日)ソワレ 観劇

黒幕とパンチシートだけの舞台上で、出演者たちが自分の身体で、
建物や乗り物、風や波、怪物や星々までを表現してしまうというユニークな
劇団color child(以下、カラチャイ)。

そのスタイルを作り出した中心が、渡辺浩一と蛯原味茶煎の二人で、
これまでの公演もこの二人が作・演出をコンビで行っているのだが、
今回はこの二人が揃って(体調の問題とやらで)不参加。さらには、
出演者の一人が稽古中の怪我で降板、さらにもう一人が公演直前に
盲腸炎で緊急入院というアクシデントが続いたと聞いていた。
演出は看板役者の里中龍児くんと中村容子ちゃんの二人が実質的にやって
作っていたようだ(芝居自体は9年前にかけたネタ)が、さぞ身の細る
思いをしたことだろう。

そんなわけで、さて、どうなることかとちょっと心配しながら鑑賞した
舞台だったが……いや、話の進行のさせ方、難破船や嵐の海、人を喰う
幽霊、そしてヤドカリの怪物など、さまざまな見せ場の連続と
ミュージカルシーンの楽しさで、これまで見たカラチャイの舞台の中でも、
楽しさはかなり突出したものになっていた。たぶん、アクシデントを
受けての緊張感が残りの役者やスタッフの頑張りに火をつけ、いい効果を
出していたのだろう。

冒頭の館内放送、そして前説(開演前に出演者等が舞台上で、いろいろ
注意事項等を説明すること)から、すでに話は始まっており、まるで
ディズニーランドのアトラクションに行ったようなワクワク感が観客を
引きずり込む。そう、カラチャイの舞台は演技自体が大掛かりな
アトラクションの仕掛けになっているのである。

今回は海賊ものだ。最近、海賊ものの舞台を見ることが多いのは、
アニメの『ワンピース』や映画の『パイレーツ・オブ・カリビアン』
のヒットによるものだろうが、とはいえ海賊ものというのは実は舞台で
やるのは難しい。ハリウッドで海賊ものが40年代から定番なのは
壮大なセットやロケでの海戦シーンがウリになるからであるが、それを
舞台で再現させるのはよほど大掛かりな公演でないと無理というものだし、
それ以前に、宝探し、反乱、幽霊船、いにしえの名海賊の子孫、といった定番
ストーリィがすでに使い尽くされており、よほどひねったストーリィで
ないと新鮮味が感じられず、ひねり過ぎると海賊ものの爽快さが味わえ
ない、というジレンマに直面するからだ。

今回の『セルフポートレート』、海賊ものとしてはユニークなタイトル
だが、伝説の海賊、片目のウォールの「つぶれていた目は右目か、左目か」
という謎を確かめるため、秘密の島に残る、ウォールの肖像画を探し
もとめる海賊の子供たちの冒険物語。上にあげた海賊ものの定番パターン
全てを取り込んでいるが、やはり基本的にはそれほどストーリィ的に目新しさ
はない。逆に、この舞台は、定番の海賊映画、アニメ等に登場する
アトラクション的なもの(そもそも『パイレーツ・オブ……』も原作
はディズニーランドのアトラクションだ)を、どう、“人間の体だけで
表現するか”というところに眼目を絞ったところに本領がある。

観客は舞台の中に感情移入を試み、彼らが作り上げた巨大な幽霊船を
自分の脳内に作り出そうと目をこらす。トリック・アートではないが、
舞台が進行していくうちのどこかで、それらが急に焦点があって、はっきり
眼前に見えてくる。そのとき、観客はカラチャイの舞台に囚われる。やはり
この瞬間は何度体験しても快感だ。

カラチャイの出演者は出の休みがほとんどない。主役までもが波や岩、
船を演じなくてはならないからだ。情景を説明するセリフが多いから、
暗記も大変、しかもダンスあり、ミュージカルシーンあり。
2時間近い舞台、いっときたりと神経を休められない。
……だが、それだからこそ、観客は満足する。入場料を払った代償を
得られた満足感を得る。小劇場の舞台を見ると、観客より先に役者が
楽しんでいるものがまま、見受けられるが、客の楽しみは、
「もっといいものを観たい」
と次から次へ欲求するSの楽しみ、演じる方の楽しみは、その無理な
欲求に、身体を張って、ヒイヒイ悲鳴をあげながら楽しむMの楽しみ
でなければいけない(嫌な例えだがw)。
この日の終演後、ロビーでお客出し(見終った観客を外に見送ること)
をしていたカラチャイの役者さんたちの、疲れ切ったがやり切った笑顔
は、お客さんをたっぷり楽しませたあとの、いい表情だった。

役者ではまぬけな海賊船の船長・フィリップを演じた古川仁が、ダンスの
うまさが抜群で、舞台の大勢の中でも必ず目がいってしまう魅力を持って
いた。後で聞いたら本業はダンサーらしく、踊りがうまいのも当たり前
だが、タッパがありマスクもよく、コメディの馬鹿旦那役を楽しげに
演じていた。里中くんは今回は演出の方に精力をかなり割かれたか
(ご苦労様!)ずいぶんいつもに比べるとおとなしい印象だったが
やはり達者、悪役カルパッチョを演じた宍戸英明さんも達者である(ちょっと
茗原直人くんに似たパーソナリティの持ち主だ)。

主役のアキラを演じた中村容子ちゃん、大活躍。この劇団の公演の
ダンスシーンはダンスの技術以上に、踊っているときのみんなの表情が
いいのが特長だが、中でも容子ちゃんの笑顔は千両、という気がする。

惜しむらくはセリフの何ヶ所かに、文法の間違いがあったこと。
擬古文を使っているとよくこういうミスが出る。ここらは詳しい人に
チェックしてもらった方がいい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa