裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

木曜日

古い映画を見ませんか・23 『魔人ドラキュラ(スペイン語バージョン)』

『魔人ドラキュラ』(1931)のスペイン語版。
当時はまだ吹き替えの技術が発達していなかったので、スペイン輸出用の
バージョンは、同じセットを使い、昼にオリジナル版の撮影が終ったあと、
深夜から翌朝にかけてスペイン人の俳優を使い、“リメイク”の撮影を
行っていた。以前は、オリジナルの劣化コピーに過ぎないとされていた
が、カルチュラル・スタディーズ研究家のデヴィッド・J・スカルが
「ルゴシ版よりはるかに優れている」
と指摘してから、急にその評価が高まった。

確かに、ドラキュラの初登場シーン、ミナ(スペイン語版ではエヴァ)
の救出劇としてのストーリィ運びのサスペンス、ヘルシング教授との
対決のシーンなど、ルゴシ版に比べてかなり力の入った演出は、現在の
観客にはこちらの方がアピールするかもしれない。個人的には冒頭に出演する
メガネっ娘の旅行者(女子大生?)の登場シーンが強調されており、
出番もちょっと多いのが気に入っている。

もともと、『魔人ドラキュラ』が映画的にタルいのは、映画用に最初から
台本を書いたのでなく、ブロードウェイでヒットしていたハミルトン・
ディーンの戯曲を元にしているためである。セリフ中心に話が進んでいく舞台劇と、
映像によるアクションがウリの映画とでは、そもそも見せ所が異るのだ。
だから、例えばドラキュラのトレード・マークのような被害者の女性の首筋の
バイト・マーク(牙の跡)をルゴシ版では見せていないのを、スペイン・バージョン
でははっきりとクローズ・アップにしており、こちらの方がより、映画的だと
言える。ドラキュラとヘルシングの対決シーンも、ヘルシングがドラキュラを
タバコケースの蓋を閉める音でペテンにかける演出など、当時の舞台では
技術的に出来ない演出だったろう(今なら逆に舞台向きの演出である)。

ただ、演出はこちらの方が優れてはいるものの、残念ながら映像が
ルゴシ版とは段違いに田舎臭い。ここは、なにしろルゴシ版の撮影はかの
『メトロポリス』のカール・フロイントなのであるから、比較することがそもそも
気の毒であるが、スペイン版の撮影は後に怪奇映画やアボット&コステロもの
で活躍するジョージ・ロビンソンであることを思うと、その責は照明チーム
にあるようだ。上記のドラキュラとヘルシングの対決シーンなども、
対峙する二人の照明はともかく、バックの照明が平板なため、映像がチープ
になってしまうばかりでなく、対決のスリリングさが際立たない。

ただし、スペイン語版で最もありがたいのは、ルゴシ版が、おそらく
ラッシュを見てそのテンポの悪さを気にしたユニバーサルに、バシバシとハサミを
入れられてシーンがブツ切れになり、つながりが悪くなってしまっている
のを、ほぼ完全な形で残していることだ。そのため、ルゴシ版を観て
多くの人が感じるであろう
「え、これだけ?」
という各シーンのあっけなさの不満はだいぶ解消されるのではないだろうか
(例えば、気絶したメイドにレンフィールドが這い寄るシーン。ルゴシ版
では思わせぶりにそこで終るが、スペイン版ではそうくるか、というオチがつく)。

ラスト、ルゴシ版のヘルシング教授は、ミナとジョナサンの二人にただ
「先に行きなさい」
と言うだけだが、スペイン語版では、
「先に行きなさい。私はレンフィールドとの約束がある」
と言う。これは、その前にヘルシングとレンフィールドの会話で、
「ドラキュラの居場所を教えるんだ。そうすれば、お前を(ドラキュラの
呪いから)救ってやる」
とヘルシングが言っているのと照応する。レンフィールドの言葉から
ドラキュラの居場所を推理したヘルシングは、その約束を守り、ドラキュラ
に殺されたレンフィールドに最後の安息を与える(彼の胸にも杭を打ち込む)
のであろう。ただのハッピーエンドであるルゴシ版よりも、余韻を残して
おり、ラストはこちらの方に軍配があがる。

そして、スペイン語バージョンで最もインパクトを以てこちらに迫ってくる
のは“おっぱい”!
清教徒国・アメリカと比してラテン系の国はかくも違うかと、ダイレクトに
その違いがわかるのはおっぱいの露出度。ことに終盤のエヴァを演じた
ルピタ・トヴァーのおっぱいは公開から80年を経た現代のわれわれが
見てもアットウされるものがある。
http://themorbidimagination.com/tag/lupita-tovar/
↑ルゴシ版とのおっぱいの比較はここで。

http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2151858/1156907
↑2005年、95歳のルピタ・トヴァー。この歳でこのおっぱい!

あと、これは英語版も見返して気がついたのだが、まだこの映画の時代には
ドラキュラよけに使う植物はニンニクではなく、トリカブトだったのですね。
ヘルシング教授は、ミナの寝室をトリカブトの花束で防御する。
これはスペイン語版を作る上でもいい設定だったかもしれない。
スペインでニンニクを嫌っていたら、どんな人間の部屋にも入れやしない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa