裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

金曜日

観劇日記・34『紫陽花と、うん! いたこっこ。』

『紫陽花と、うん! いたこっこ。』
吉本興業presents
脚本:富田雄大(劇団オコチャ)
演出:山下哲也
出演:ライス ミルククラウン 井下好井 サボテン 高橋明日香 祖父江唯 工藤史子
於:神保町花月
2012年6月7日鑑賞

主人公の名前が、紫陽花。男で、しかもインチキのイタコだ。
東京で、ちょうどマッサージサロンのように、死んだ人の魂を
降ろす(ふりをする)仕事をやっている。
ある日そこに、本物のイタコ能力を持つ男がやってくる。
自分に降りる、交通事故で婚約者を残して死んでしまった女の子
の魂の相手をしてやってほしいというのである……。

吉本のお笑いのメンバーによる芝居をかけている『神保町花月』の
芝居。演出を3月に見た『アイニク』を手がけた山下哲也氏が
やっていて、しかも出演者にこんどの7月の私の芝居に出てくれる
高橋明日香ちゃんがいる(二人はまったく無関係)。本当にこの
世界はせまい。

タイトルがもう少し何とかならなかったのかと思うが(笑)、
ストーリィ(脚本・富田雄大)は小劇場演劇の基本を押さえた、
笑えて泣けて、ちょっとハートウォーミングというもの。
ただ、いつも見馴れているその手の芝居とちょっと違うのは、
中心となって演じるのが役者ではなく、お笑いの若手であるという
こと。コメディであっても、それを役者が演じるのとお笑いが
演じるのとでは、かなり印象が変わってくる。

それは、同じギャグでも「お笑いの笑い」と「演劇の笑い」では、
全くその位置づけが異るからだ。「お笑いの笑い」における笑いは
そこが終着駅、最終目標で、笑いがとれればそこで目的は達せられる
のだが、演劇の笑いというのはあくまで、その先にあるテーマを表現する
手段、なのだ。お笑いの人たちが演じるコメディ芝居が興味深いのは、
本来笑いを取ることのみを目的としている人たちが、その先をどう表現
するか、というところにある。

山下による演出は完全に舞台のそれであり、さすが器用な今のお笑い
の人たちは実にハマって役柄を演じている。ギャグ部分になると素に
なったりするのは愛敬だが、やはり個性という面では舞台役者より
ずっと”客席へのキャラの売り込み“がうまい。

その分、舞台全体への目配りは完全に抜けていて、例えば二人だけの
かけあいはピタリと形が決まっていても、三人以上になると、立ち位置
というものの計算ができず、ただ平べったく横一列に並んでしまう。
面白い現象だと思った。しかし、これを正しい芝居的配列になおすと、
お笑いによる芝居の匂いがなくなってしまうだろう。欠点を特性として
見ないといけないところである。

とはいえ、ストーリィのキモである、ニセモノのイタコとホンモノの
イタコと、そしてホンモノの方に降りた女性の、現世に残した彼の
幸せを願いながらも、恋人を親友にとられることに納得できない感情
(劇団虎のこの祖父江唯が好演)などを過不足なく出しているのは
さすがだった。ライスの関町知弘がラストで爆笑をとる儲け役の他、
ミルククラウンのジェントルが奇ッ怪なキャラで登場(彼だけは完全に
役に入り込んでいた)、その口癖がラストのドンデン返しにつながる
ところは脚本がうまい!

そしてそして、高橋明日香ちゃんは死んだペットの魂を降ろしてほしい
と頼みにくる可愛らしい女の子を演じているのだが……いや、芝居全体
の性格を彼女ひとりで最後に変えてしまうほどブッとんだキャラクターで、
一番印象深い役であった(欲目とか贔屓とかステマではない。吉本ファン
の感想でもそういう意見が多い)。彼女だけ、お笑いではない、”コメディ“
のタイミングで芝居と役作りをしているのである。これは、7月はよほど
役を練り込まないと、これに負けてしまう……。私にとっては大いに笑った
あと、ちょっと背筋に冷たいものが走る芝居でありました。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa