裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

月曜日

観劇日記・番外『第五回ルナティック演劇祭』

早いものでもう5年目を迎える『ルナティック演劇祭』
私は橋沢進一、本多慎一郎の二人と一緒に審査員を務めている
(これにルナティックシアターの劇団員も点を持ち、かつ集客一人
につき一ポイントが加算されるシステム)。

今年は開催時期が早まって、告知がいきとどかず、果たして開催できる
かとあやぶんだ大会だったが、無事四劇団の参加をみて、開催できた。
そして驚いたことに、これまでの大会と比較しても、大変バラエティ
に富み、レベルの高かった大会となったのはまことに重畳。

参加いただいた劇団は
・空間偽装実験室cace.1「劇場・演劇祭」
・KENプロデュース
・オパンポン創造社
・Team→ネイムレスダンス♪
の四劇団。

まず、空間偽装実験室(長いのでこう略します)の『タイトル「未定』
は、いわゆるメタ演劇、というやつだった。登場人物たちがみな、
役者の本名で、冒頭に二人の役者が出てきて、今回の演劇祭の芝居、
役者が二人しか小屋入りせず、この二人のみで芝居をやります、と
挨拶し、ファンタジーものの剣と魔法の芝居を始める。当然、芝居に
ならず中断するが、そこに客席から芝居をやりたい、という男が
飛び込んで来、さらに遅れてきた主演女優、演出家までが舞台に
出てきて……という話。

演劇祭参加の芝居そのものをネタに使った、入り組んだ内容の舞台で、
その凝った構成の妙にまず、感心。弄仮成真というやつで、2回目
のステージは強風で電車ダイヤが乱れに乱れ、舞台上で
「役者が来ないので……」
とやったら、本気にして帰りかけたお客さんがいたとか(笑)。
上演が終って、事務室に集った審査員三人が異口同音に
「面白かったねえ!」
と口をあわせた作品でもあった。

作・演出の諏訪康之さんは、以前この演劇祭で優勝したことのある
二劇団、『集団as if〜』と『劇団Please Mr.Maverick』とのつきあいが
深い人で、かなりルナティック演劇祭のことを事前勉強して臨んだな、
ということがわかる芝居だった。

続いてのKENプロデュース『白と黒とその泡と』は、全く逆の、
オーソドックスな「芝居」。広島の小さな海辺の町で漁業を営む一家の
主が亡くなり、子供たちがその葬儀を営む、一昼夜の出来事を時間軸で
描いたもの。正攻法の芝居の快感をじわっと味わえる作品で、これも評価が
極めて高かった。広島の話なので広島弁が出てくるが、後で見せてもらった台本には、
「広島で過ごした時間が長い純に、方言が濃くなっているのが望ましい」
と書かれているなど、実に細かい指示がなされていたのが印象的
だった。

父親の職業(漁師)を継いでいる三男、東京で就職して結婚、子供も
いる次男、東京の大学を卒業し、地元で就職が決まっている長女、
そして、長いこと音信不通でいたのが突然帰宅した、グレていた長男。
彼ら四人の関係を軸に、父の漁場をブラックタイガーの養殖場にしよう
という計画と、それに関係しているらしい叔父の暗躍、父親の遺言
テープを預かっている謎の女とその提出した子供たちへの質問など、
いくつものファクターがからみあいながら話が進み、最後に、長男が
マイクを握って、参列者にする挨拶がそのまま、舞台の挨拶に重なる
という演出。

演劇を数限りなく見馴れているはずの主催者の橋沢と、劇場の支配人
の本多慎一郎氏が、何とその挨拶で涙ぐんでしまったそうで。芝居の
セリフは時に人の心に理屈でなく、思いがけないところでぐいと突き
刺さってくる。その好例と言えるだろう。

そして今回、台風の目になったのが、大阪から参戦したオパンポン創造社
の二人芝居『ストラーイクッ』。全く、こういう拾い物にぶつかるから
演劇祭はやめられない。前回の演劇祭に京都から参加して、受賞は逸した
が好評を得た『劇団マカロニフィンガーズ』から、この演劇祭の話を
聞いて、活動を一年休止していた劇団を復活させて応募してきた。

出演者はたった二人。もちろん、地の利がない劇団なので、集客もまま
ならない不利な条件(ルナティック演劇祭は集客も点数に含まれる)
だったが、その内容の面白さ、演出の確かさ、大阪人らしい天性の会話
のリズム、音楽・照明の使い方の的確さ、そして30分という上演時間
(結局最終的に45分に延びた)の大胆さ、全てが新鮮で、しかもその
45分の中に演劇の魅力を全て詰め込んだ、完成されたスタイル。
これで集客さえ出来ていたら大判狂わせが起こったこと必至、だったはず。

ずっと待っていた女(卵子)のもとにやっと現れた男(精子)。
だが、二人の性格は合わず、話は延々と噛み合わない。そしてとうとう
精子は卵管を去り、またひとりぼっちになってしまった卵子だが……
精子役は作・演出も兼ねる主催の野村侑志氏。Tバックのパンツ一丁
の白塗り全裸男が現れたときには
「いよいよこの演劇祭にもアングラ登場か!」
とちょっとドキドキしたがw、話が進んでいくにつれ、アングラどころか、
これが王道の男女のドラマだということに気づき、ラストシーンでは
涙ぐんでしまう。精子と卵子という文字通り、ドラマの原点を見せて
くれた思いだった。

ちなみに、45分という上演時間の短さは、この演劇祭の規定を
カン違いしていて、短編芝居の演劇祭だと思っていたため、だそうな。
何というか……いや、偶然は恐ろしい(笑)。

そして、Team→ネイムレスダンス♪『ニジノムコウ』。ここはもう、
とにかくの若さ! 舞台上に出てくる登場人物たちが、言葉遊びが
たっぷりつまった長ゼリフを早口でしゃべり、動き回り、跳ね回り、
飛び回る。若さ故の不備も山のようにある芝居ながら、若さがなくては
決して出来ない、不思議な魅力を備えた舞台だった。農業に従事する
男女から話が始まり、政治家たち、スポーツチーム、乱交クラブの
メンバーたちと、いくつかのエピソードの舞台を全て同じ役者たちが
同じ服装で演じ、そして、そのそれぞれのエピソードの内容が、
話が進んでいくにつれ交錯しはじめる、という話の流れは極めて面白い。
ただ、それが、上記の同じ役者の同じ服装(そして口調などもほとんど
変化がつかない)ままでの演技でかなり混乱が生じていた。場面の
切り替えは照明の色で表現していましたが、劇場の壁がむき出しのまま
の舞台だったので、その壁の色に光が吸われて、ほとんど見分けが
つかない状態であったのもマイナス要因。……と、いうようなわけで、
今回参加の四劇団中、完成度という点では残念ながら最も見落とりが
する舞台になってしまっていた。

点にも関わらず、見終ったあと、さわやかさが残ったのは、“熱演”
という、それこそ演劇の基本にかかる一点だった。主演の吉村栄子さん
が、終演後、観にきてくれた知り合いに、
「抱きつきたいんだけど、この汗なので……」
と言っていた。まさに、水を浴びたような汗。忘れていたものを思い出
させる、実にいい汗、だった。
終演後、橋沢から
「この汗に何か賞をあげたいな」
の声が出たのも、長く演劇を続けている者の意見として順当だったと思う。

で、今回の結果は。

優勝:空間偽装実験室

最優秀俳優賞:野村侑志(オパンポン創造社)

最優秀演出賞:諏訪康之(空間偽装実験室)

最優秀脚本賞:野村侑志(オパンポン創造社)

審査員特別賞:Team→ネイムレスダンス♪出演者一同
       山井香凛(子役。KENプロデュース)

唐沢俊一賞:田上吾郎の遺体(KENプロデュース)

に決定。唐沢俊一賞というのは、演劇祭の評価とは関係なく、私が
個人的に面白いと思ったもの(仕掛け、アイデア、演技等)に与える
もので、今回は芝居の後半で棺桶の中から転がりでる、父親の遺体
の“本物の遺体なみの動かなさ”に差し上げた。

審査員特別賞は、上記の汗を含めた『ニジノムコウ』の出演者一同、
そして『黒と白とその泡』で、大人を食う演技を見せた次男の娘役の
女の子に。脚本賞と演出賞は、入れ替わってもおかしくなかったと
思うが、オパンポンの方は演技にだいぶ重心がかかっているという結論で、
演出賞を空間偽装に、脚本賞をオパンポンに差し上げることで意見の
一致を見た。

そして、集客点を含めた総合で『空間偽装実験室』が優勝。

とはいえ、主要審査員三人の意見は完全に三つに分れた。だれが
どの劇団に、というのはオフレコにしておくが、それだけ、どの劇団も
魅力的であり、バラエティに富んだ参加劇団だった大会と言えると思う。

個人的な感想で言えば、たぶん空間偽装さんは
「ゲリラでいこう」
と思ってあのネタをかけたのだろうけれど、本来王道であるテーマ
であったオパンポンさんが、あの設定、45分という上演時間、
そしてあの格好(笑)で、ゲリラとして受けてしまった。
そのため、王道寄りの視点で評価されることになってしまって(私
の他の審査員はあきらかに最初とオパンポンを観た後で評価軸が
変化してしまっていた)混乱が生じ、その混乱が逆に盛り上がりに
つながった、ということになるか……。

来年は5月開催を予定しております。また、規模を拡大して予選→本選
という形の開催になります。詳しくはルナティックシアターのサイト、
または私のサイトでご確認ください
http://www.aalunatic.com/(ルナティックシアターホームページ)。

規模は小さい演劇祭だが、ノルマなし、劇場の賃貸費用、音響・照明・
舞台監督から受付スタッフまで全てあぁルナティックシアターが用意
します。参加劇団の皆さんに、全てのパワーを舞台に注ぎ込んでもらえる
演劇祭だと思います。ぜひとも全国からの参加を期待いたします。

では、来年まで。参加全劇団のみなさん、音響・照明・舞台監督、
そしてルナのスタッフたち、お疲れさま! 今年も素晴らしく楽しかったよ!

Copyright 2006 Shunichi Karasawa