裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

月曜日

観劇日記・23『夏への扉』

『夏への扉』
雀組ホエールズ第一回公演
作/谷藤太(劇団enji)
演出/佐藤雀
出演/創木希美 阪本浩之 奥原邦彦 平山さとみ 中村容子
   末広ゆい 沼田弘仁 横山周一郎 早戸裕 吉村伸
於/下北沢ОFF・ОFFシアター
2012年3月25日(日)ソワレ・千秋楽観劇

脚本・演出家の佐藤雀が立ち上げた劇団『雀組ホエールズ』の第一回公演。
第一回公演の芝居に彼が選んだのは、自作ではなく、劇団enjiの
脚本をずっと担当している谷藤太が2002年に発表した、この
『夏への扉』だった。よほどこの作品に惚れ込んだのだろう。
小劇場演劇というものは基本的に一期一会のものなのだが、こうやって
10年も前の作品が新しい劇団で新しい演出、新しいキャストにより再演
されるというのは、大変に意義あることと思う。

この作品の基本テーマはノスタルジアである。
初演のときからさらに12年を遡った1990年が時代設定、そして
主人公・明日香は、赤坂にある、お爺ちゃんの代からの喫茶店
『セブンドアーズ』で、奇妙な男から、自分の過ごしたかった時代に
いけるというお香を買って、その煙をかいでいるうちに昏睡情態
になり、夢の中で、1966年、ビートルズが来日したあの夏へと
タイム・スリップする……。よくあるパターンではあるが、母を亡くし
たショックで自分がひとりぼっちになってしまった、と思い込んでいた
明日香が、時代という“縦のつながり”の中で、たくさんんの人間と
つながっていたということを再確認する、というストーリィは非常に
よく出来ている。

ビートルズ来日からグループサウンズブーム、ベトナム戦争、そして
翌67年から連載が始まる『あしたのジョー』といった時代背景をうまく
ストーリィに取り込んでいるのもにくい。基本設定がしっかりしているから、
ユニークなキャラクターたちが存分にからんでも、スジがぼやけない。

ビートルズを追いかけて九州から家出同様に上京してきた女子高校生
を演じる末広ゆいが一番の怪演だが、それに負けずに、お香の販売人
を演ずるお笑いコンビ『プラスワン』の早戸裕、大物作家江戸川散歩
を演じる劇団『横浜スタイル』の吉村伸が、千秋楽だからという
こともあるのだろう、オーバーアクト全開で遊びまくっていた。

実はここに、ちょっと前に観た劇団ColorChildの『セルフポートレート』
に主演していた中村容子ちゃんが出ている。ビートルズ禁止を主張する
PTAの教育ママ、にしてはポップすぎる目鼻立ち(彼女なら率先
してビートルズファンになりそうだ)だが、さすが声の通りは抜群。
話を引き締めていた。

泣かせどころも笑わせどころもてんこ盛りの大サービスだが、舞台と
いう、上記一期一会の世界では、これくらいやって普通、これくらい
オーバーアクトが正解なのだ。その演出意図は正しいし、大いに印象に
残った芝居だった。
ただ、せっかく2002年のものを2012年に再演するのだ、
ここは佐藤のオリジナルで、2012年の『セブンドアーズ』の光景も
見せてもらいたかった、と思うのはぜいたくだろうか。

※あと、ひとつ個人的に気になったことを。
この作品の重要なプロットのひとつに、小説家志望だった明日香の
叔父・冬希が、『夏への扉』という、未来にタイム・スリップする
SF作品を書いて大物作家の江戸川散歩に読んでもらおうとする、と
いうくだりがある。結局その小説は江戸川にパクられ、冬希は作家に
はなれないのだが、しかし66年だったらもうSFはかなりの市民権
を得ていたはずで、『夏への扉』というタイトルでタイム・スリップ
ものなら、少なくとも作家や作家志望者だったら、元ネタの作者である
ハインラインの名前が出てこないのは不自然に思える。
『夏への扉』が初めて翻訳されたのが1958年、早川ポケットブック
のSFシリーズ(俗称・銀背)に入ったのが63年。66年の時点で
まだこの作品はクラシックではなく、SFという現代文学の新しい潮流の、
代表的傑作という位置付けだったはず。

作者は多分、『夏への扉』というタイトルが歌になったり、マンガに
なったりという、パブリック・ドメイン化している2002年の常識で
このタイトルを使ったのだろうが、66年だったら、少なくともこの
タイトルはもっと密接にハインラインの作品とつながっていた。つまり、
まだ流通している小説と同名、同テーマの作品はそこを問題視されない
とおかしいわけだ。

芝居としては大変面白く、笑って泣ける傑作だと思うのだが、その一点
だけ、かつてのSFファンとして気になったのであった。
SFもすでに、ノスタルジアの対象なのだから。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa